// 白い腹

「太っているでしょう」

 そう、あなたは言う。わたしを試すわけでもなく、自虐するわけでもなく、過剰な自意識のない発声だった。
 わたしが頷くまでもなく、あなたは太っていた。身長はわたしと同じぐらいなのに、腰回りはわたしがふたり……いいや、三人分は、ゆうにあった。あなたの丸く白い腹は、妊婦のそれとは違った。例えるなら血の気が引いた赤ん坊の頬のようで、あなたが笑うたび震え、わたしはつい目を見張った。
 しかし、あなたがわたしの前で、自分の体に不便そうにしたところを見せたことはなかった。長い時間、小さな部屋に収まっているだけで、いくらか不便だろうに。仕事だから……と言われたら、それまでなのだけれど。
 小さな部屋に唯一あるベッドは、たしかにあなたのものだった。暗い赤色の壁や天井の中で、あなたが張った白いシーツは、いつだって皺ひとつなかった。そこへあなたがベッドに寝そべってようやく、その白い腹は決して白くなく、血の通った人のものなのだと気付けた。

「この仕事になる前は、宿屋で働いていたの。だから、シーツを張るのが得意なの」

 顔は見えなかった。隣同士で並んで、仰向けに寝ていたからだ。血のつながらない女の人とこうして眠るなんて、きっと修学旅行以来だわ……けれど、裸であったのは、初めてだわ……とわたしは考えながら、ひとつ尋ねた。

「どうして、辞めてしまったんです」

 わたしがそう尋ねると、あなたは体中を揺らして笑った。

「ねえ。おかしいんだけど、お客に体を触られて、かっとなってしまったの。昔からどうも怒りっぽかったんだけど、ちょうどそのとき、お客が飲み干したビール瓶を手にしてたから……」

 あなたの語り口は童話を語るようで、現実味がなかった。

「今、こういう店にいるのにね。変よね」
「そんなことないです」

 あなたの沈黙を埋めるための微笑みで揺れた白い腹が、いつもと違って見えた。わたしが冗談めかしてくすぐるように腹を触ると、かすかに抵抗を感じた。あなた自身ではない、腹の中からの抵抗だった。
 次に店を訪れたときには、あなたはやめていた。代わりに知らない太った女が、わたしを抱いてくれた。最中、何度もあなたのことを尋ねようとしても、あなたを表す言葉が最後まで見つからなくて、結局あきらめてしまった。
 きっと店を出たとき、もうきっと二度と訪れないんだろうと思えた。だって最初から皺の寄ったシーツが乱れても、わたしは心苦しくならないから。

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