// ふたりの心臓

 心臓が人より一回り小さくできていて、だから、ときどき止まってしまうことがある、とウグイスは言う。膝を抱えて、部屋の隅に座っていたウグイスは自分の胸を触る。制服の紐リボンを指に絡ませて。……きっとこんな真夜中に、暗い談話室の隅で心臓の音をたしかめているのは、きみだけなんだろう。きみはいつだって特別だ。ぼくは談話室のソファを下りて、ウグイスの目の前に座る。

「心臓は動いていたかい」
「ああ、大丈夫。コツはね、うまく動いていますようにって祈りながら触るんだ」

 ウグイスは嬉しそうにしているけれど、ねえ、ウグイス。この世間のひとびとが誰も知らない、誰も訪れないような宿舎付きの学校にいるぼくらを含めたみんな、もう死んでいるようなものじゃないか? ぼくらが死んだって誰も傷つかないのに、どうして死ぬことを気にしなければいけないんだろう。ウグイスが死んでも、ぼくはウグイスの本当の名前もなにも知ることはできないのに。
 ウグイスと目が合う。ウグイスは、すこし笑ってから小さな声を張り上げた。

「あっ! 今心臓が止まってしまった」
「それは、たいへんだ」

 ぼくもつられて笑って、ウグイスの胸を触る。キツツキの瞳に射抜かれてしまったせいだな、とウグイスは呟いている。
 ウグイスの胸は栄養が足りていないみたいに皮と骨ばかりしかなくて、なのに鼓動は上手く探れなくて、本当に死んでしまったようだった。

「本当だ、止まってる」
「でしょう。……また動くといいんだけれど」

 ウグイスの、そうもいくまい、という口調は妙におかしくて、悲しかった。きっとウグイスは本当に死んでしまって、たとえば幽霊になっても、きっと自分の死体を見ながらそう祈るんだろうと思えたせいだ。

「ねえ、キツツキの心臓は上手に動いてる?」
「たしかめたことないけれど、きっと」
「じゃあ、たしかめてあげよう」

 ウグイスの手が伸びる。ぼくの胸のちょうど真ん中に触れる。手つきは医者のように慣れていて、ぼくはすこしどぎまぎしてしまった。ウグイスは短く黙った後、また医者のようにつぶやいた。

「ちゃんと、動いてますね」
「そお」
「うん、ちょっと大きすぎるぐらいね」

 ウグイスはいたずらにそう言う。ぼくは恥ずかしくて、ウグイス、とだけ言った。

「良いことだよ、キツツキ。だってぼくとキツツキの心臓を混ぜれば、きっと良い心臓ができるもの」
「……心臓は混ぜられないだろう」

 我ながらひどくつまらない物言いしかできないのに、ウグイスは満足げだった。

「うん、けれど、良かった」

 ウグイスは言う。

「男同士でも男女でも、心臓が混ぜれないことは平等だ」

 ああ、ウグイス! ぼくがここできみを抱くことができたなら。きみの手を取って、ここから逃げ出すことができたなら!
 なのに臆病者のぼくは、口ではまったく違う言葉を吐いている。

「もうやめよう、眠ろう。明日も授業があるんだ」
「そうだね、そうすべきだ」

 ウグイスは言うなり立ち上がる。痩せた背中は成長しゆく若者のように見えたし、あるいは死を待つ老人のようにも見えた。
 ……ねえ、ウグイス。もし心臓がささげられるのなら、迷わずきみを選ぶよ、ウグイス。それがぼくにできる、数少ない愛だと思うから。……それから、ウグイスは振り向かない……。

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