形状記憶少女

// 親しき友人

 あたしは酷い女ですから、親しい友人が主役であれ悲劇であれ、下手くそであればついつい笑ってしまうのです。
 親しい友人は幼児のように自らの身体を使いこなせなくて、膝も指先も、どころか声さえも震えが止められない。あたしの愛したシェイクスピアがいつか紡いだうつくしい言葉の数々も、親しい友人の手にかかれば何を言っているのだかさっぱりわからない、きちがいの狂言に思えたのです。「ある種の才能よ、いつだって舞台をこれほどまでにさせるなんてね」。つい呟いた言葉を親しい友人の善き耳は拾ってしまったのでしょう。声が裏返って相手の女優がやってられなさそうにむっと眉を吊りあげ、後ろで見ていた老婆は杖をついて舞台を去って行きました。けれど決して、親しい友人のせいばかりではないでしょう。女優だって化粧が舞台用にしたって分厚すぎるし、棒読みも良いところ。老婆なんていびきをかいて眠るから、台詞を何度潰したことか。けれどあたしは酷い女。そうした舞台の気に食わないところをひとつひとつ数えるのがたまらなく楽しかったから、いつだって最後まで席にいれた。変な舞台には変な客が入る。変な舞台に思い入れも期待もないから、変な客に失望することもない。
 これ以上にも以下にもない最低の劇団が成り立っているのは、親しい友人の父君がまあまあのお金持ちだったからに他ならない。もっと早いところ潰れている予定だった劇団を買い取った父君は、親しい友人にすぐさま譲った。「恥ずかしくないの、パパに劇団を買って与えてもらうだなんて」。親しい友人は大馬鹿だけれど、自分の演技がとてつもなく下手くそだってことはよく理解していた。だからこうした劇団でもない限り、自分が主役どころか端役さえもらえない。だからだ、と親しい友人は恥ずかしげに俯いて言った。「なるほど、あんたにはプライドってものがないのね」。あたしの皮肉に、親しい友人は下を向いたまま小さくうなずいた。
 親しい友人はずっと主役を張っていたけれど一度だけ、女に目がくらんで主役を譲ったことがある。ついつい、酒に酔って一度抱いてしまったのだと言う。「あきれた」。あたしのため息に、親しい友人はがっくりと肩を落とす。それもまたわざとらしい。大根役者らしいしぐさだった。「でも気持ちが良かったんでしょう」。あたしの問いに答えない。傷ついたふりを続けていた。「あんたって本当に馬鹿ね、あたしに反省を示したって意味はないのに」。たしかに、と親しい友人は顔を上げた。なんだかいらだったので、親しい友人を蹴飛ばした。

 親しい友人とは毎週末の最後の舞台を終えたあと、お酒を飲む。それであたしはうんと批判をして、親しい友人はうなずくだけだ。
「本当に、いつまでもよくやるわ、あんた。客ひとりさえいなくったって、ううん、舞台でなくなってやり続けるんでしょうね、下手くそのくせに」
 けれど、とめずらしく親しい友人は食い気味に言った。親しい友人の君が見続けてくれてるから、と。あたしは別に、そんなんじゃない。
「勘違いしないで、ヘンリー四世でだって言っていたでしょう、“芝居はしまいまでやらせてくれ”って。あたしはシェイクスピアを愛してるからであって……」
 あたしの言葉に親しい友人は優しく微笑むから気に入らなくて、肘でこづいた。
「ねえ、あたしは本当に、あんたの舞台で一度たりともちっとも笑ったことないんだから……本当に……いいかげんにしてちょうだい……」
 あたしが言葉をいくら重ねても、親しい友人はただ嬉しそうにしている。

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