形状記憶少女

// 完璧な柊さん

 あらゆるみんなは柊さんのことを完璧な女の子だと思っていた。地元でいちばん可愛くて、県内でいちばん頭の良いクリスチャンの高校でこれまたいちばん頭が良くて、運動神経が良くて、綺麗で、性格も良くて、演劇部で主役を張る。そういう女の子だった。しかし柊さんはそうと思っていなくて、というか実際に完璧な女の子だったのだけどどうにかそれを崩したくて、みんなと同じ平凡でつまらないクソみたいな欠陥品みたいな女の子になりたくて、完璧な柊さんはある日ごく意識的にごく計画的にごくゆるやかに、おそるおそる、足を踏み外してみたのだ。
 腹違いに生まれた一つ年下の弟は同じ学校に通い、同じ演劇部に所属し、脚本を書いていた。別に完璧ではないし、それどころか教室の片隅にいるような地味な男子だった。柊さんの信者たちから唯一の汚点だと思われる一方で、そのドラマのような人間関係はやはり柊さんの完璧さを裏付けてもいた。
 柊さんはある日、そんな弟と口付けを交わしてみた。放課後、誰もいない弟の教室で、にきびの多い弟の頬を撫でながら顔を近づけただけだった。弟は驚いて柊さんを突き飛ばし、唇を拭った。
「なんで」
 柊さんは床に座り込んだまま、微笑んだ。
「だめだった?」
「だって……おれたち姉弟じゃん、許されないでしょ」
 許されない。なんて甘い響きなのだろう。柊さんは腰がくすぐったくなるのをこらえて立ち上がり、弟を抱きしめた。
「愛してるよ」
 弟は困惑したまま、立ち尽くしていた。けれど、突き飛ばすこともなかった。
 それから柊さんと弟は誰もいないところで口付けを交わし続けた。弟はいつだって抵抗しないけれど、柊さんが離れるたびに苦しそうな顔していた。だからあなたを選んだの、と思いながら弟を抱きしめた。
 けれど三カ月経ったある日、突き飛ばすほどではないにせよ、小さく弟が抵抗を見せた。けれど無理に口付けを迫るとやはりできたから、柊さんは終えてから訊ねた。
「どうしたの」
「……ねえ、もう最後にしよう、これで。姉さんは立派な人生が歩めるんだから、おれのことは忘れて、っていうかおれも忘れるから」
「うん、わかった」
 柊さんにはもう十分だった。腹違いとは言え血のつながった実の弟と短期間でも恋に落ちてしまったこと。これを大衆に見せつける必要はなく、ただ自分の中で欠陥のある人生だと思い出せれば良かったのだ。利用してごめんなさいね、と柊さんは思いながら、弟にまた口付けをした。薄いくちびるとはもう、お別れだった。
 週末、演劇部が子どもたちに向けてボランティアでやる公民館での公演があった。柊さんはいつものようにお姫様役を当てられて、同学年の男子が王子様役だったのだけれど前日にインフルエンザにかかり、欠席になってしまった。演劇部の人数はそう多くないからみんな慌てたのだけれど、柊さんは冷静に言う。
「脚本を書いた弟がやれば良いわ、セリフを覚えてくれてないと困るもの」
 幸い衣装もぴったりだったから、すぐさま事は運ばれた。
 弟は不慣れな演技だったけれどセリフは完璧にまわし、最後のキスシーンまでこぎつけて見せた。予定だと、するフリで終える予定だった。けれど柊さんが弟相手にそんなことをするつもりもなかった。
「おお、愛しています、王子」
 そんなつまらないセリフを口にしながら、柊さんは本当に口付けして見せた。弟は驚いた顔をしていた。見ていた子どもたちも、演劇部の人々もまた驚いていたが、柊さんの演劇への情熱を見せつけられたのだと感激し、涙していた。また柊さん自身もその口付けで驚いていた。自分が本当に弟に愛していたことを知ったためだ。にきびの多い頬も、整えられていない眉も、自分に下心ない優しさを向けるところも、いとしかったのだ。
 柊さんは初恋と失恋をした。しかし、その事実は一生、誰もが知らないまま終わる。

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