// 片方

 朝の家事を終えて散歩に出かけてみると、住宅街の間にある小さな橋からどぶ川の真ん中を泳ぐ白い上靴を見かけた。新学期の季節だし、本当に真っ白だったから、きっと新品だ。ゴムになっている爪先の黄色い部分はどぶの暗い色の中ではよく目立っていた。小学生のかしら、中学生のかしら、と考えながら、なぜだかどちらの足のものなのか気になって、見えなくなるまで眺めてしまった。川の先のゆるやかな曲がり角を上靴も曲がった頃、家に置いてきてしまっためがねを悔やみながら右側のほうだと決めつけた。確信はなかった。左側のほうも一緒に流されていると良いな、とふいに思った。でもすぐに、どうしてそう思ったのだろう、と自分で不思議になってしまった。また歩き始めても、ぷかぷか浮かぶ上靴のことが忘れられなかった。
 片方きりをなくすのは、持ち主も靴もさみしいような気がしたのだ。片方があることで、片方がなくしたことを忘れられなくなってしまう。せめて、いじめでありませんように、と思うのだけれど自ら上靴を片方なくすなんて器用な真似をできるものかしらと我ながら考えては落ち込んだ。結局気になって仕方がないから、いつもの散歩コースから外れて、どぶ川の先を目指した。
 すると早くに授業を終えたらしい小学生たちが、わいわいとどぶ川に浮かぶ上靴を懸命に木の棒で拾おうとしているところに出くわした。男の子達がほとんど遊びみたいに誰が取れるかを争っていて、後ろで女の子達が川に落ちやしないかはらはら見守っていた。私は歩んでいた足をゆるめて、彼らを見守った。結局、六年生なんだろう背が高くて腕も長い男の子が上手いこと引っ掛けて取った。木の棒にぶら下がった、汚い水を滴らせる上靴に構わずわっと飛びついた女の子がいた。みんなが笑った。本当にお前は馬鹿だなあ、と笑われている前歯の乳歯が抜けた女の子も笑っていて、ひどくうらやましくなった。これで明日はだしでいかんで済んだや、先生からも怒られん。そう言いながら彼女はちっとも安心したという顔でなく、ただずっと面白そうに笑っている。私は胸に手を当てて、いつかなくした片方だけの乳房を触りながら私も裸足になりたいなと思った。

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