// 飴

 わたしは舐めておりました。何かと申しますと、それは丸い飴でした。生きてこのかた、舐めておりました。元をたどりますと、母がわたしを妊娠していたころの話になります。母はつわりがずいぶんひどかったらしく、ものが何にも食べられないほどでした。心配した父が、せめて、と全国各地の飴を母に差し上げました。父は仕事で出張ばかりしていたので、その土地柄の飴を集めることが趣味になっていました。しかし誰にあげるわけでもなく、ただただ収集するためでしたから、誰かが袋を間違って開けてしまうなり、ずいぶん怒ったものです。そんな父が飴を差し出してくれたのです。母はずいぶん感動して、毎日のようにあらゆる飴をなめ、やがて食欲が出てくるようになっても、なお飴を舐め続けたそうです。
 そうしてわたしが生まれました。しかし、母の乳房に食いつくなり、その違和はすぐにはっきりいたしました。赤ん坊であるわたしの口内は、妙に凹凸があったのです。それもやけに硬く、丸いものでした。母が慌ててかかりつけの医者に見せたのですが、すぐさま大学病院を紹介されました。そしてあらゆる医者の手にかかり、やがて発覚いたしました。わたしの口内、というより頬の内側には、どうやら多くの飴が埋め込まれているらしかったのです。しかも神経がしっかりと通っているものですから、取り除くのは難しいそうでした。しかしまあ、見た目にはわからないわけですし、生きるのに不自由はないだろうという医者の判断。それから、赤ん坊である娘の頬をえぐるなどという残酷なことはできないという両親の判断から、わたしは口の中に飴を抱え続けたまんま、育つこととなりました。
 たしかにさして不自由はないのですが、やはり常に糖分を取っている状態ですから、両親はひやひやしたものです。すぐに太るだとか、虫歯になるだとか、糖尿病になるんじゃないかと思ったらしいのですが、特に影響はありませんでした。せいぜいおやつがいらないのと、味付けが濃い料理でなきゃ甘さが勝ってしまうというぐらいでした。
 そうしてわたしはすくすく育ったわけですが、幼稚園に上がり、あるところを先生に見られて腰を抜かされてしまいました。男女問わずの子供たちがわたしに群がり、次々とキス――それも舌をからませるようなもの――をしていたものですから、当然です。先生は腰を抜かしながらも、悲鳴を上げてわたしを引き剥がしました。何しているの、何なの一体。周りの子達はきょとんとして、返しました。
「とっても甘くて美味しいから」「この子だけなの」「特別だから」「おなか減ったから」
 先生はくらくらした顔で、わたしの目を見ました。わたしは、何か答えなければ、と思いました。
「気持ち良いから、大丈夫」
 先生が失神しなかったことは幸いでしたが、そのあとすぐ、わたしは幼稚園をやめることになりました。夜に母が泣き、父が慰めているところを見たわたしは、あれが夜泣きってやつだわ、と思っておりました。
 父の転勤を兼ねて引越しと共に入学した小学校はさすがにやめられません。が、知識もつきはじめた時期ですから、キスは特別なもの、と知った子供たちがわたしに群がることはありませんでした。両親にも、もうキスはしないよう、教えないよう言われ続けましたから、わたしも口にはしませんでした。
 しかし中学に上がると、わたしは好きな男の子ができました。どうじに、自意識もいくらか発達していました。クラスの地味な男の子――もはや名前も思い出せませんが、目つきが綺麗な子でした――でしたが、同じ委員会に入って好きになったわたしは放課後、二人きりの図書室で彼に言いました。
「わたしのキスは、とっても甘いのよ」
 彼も自意識が発達した人間でしたから、うっとりした顔つきで返しました。
「やっぱり、初めてのキスって、レモン味なのかな」
 比喩だと思われたのだ、と気付いたわたしですが、仕方ありません。
「わたしの右側の頬の……上をなめたら、レモン味よ」
 頬! それって、ディープキスじゃあないか!
 そんな顔を見せた彼は、すぐさまわたしに飛びつき、また口の中に舌を入れるなり、すぐさま飛び離れて、図書室を出て行ってしまいました。次の日に化け物と呼ばれる自分が想像できましたから、わたしは帰るなり、両親に転校を申し出ました。わたしは転校しました。
 高校になると、わたしはネットを始めました。身体がふしぎな人たちが集まる掲示板を探し出し、そうして、わたしは出会うことにしました。最初からこのことを知っていれば、離れることはないでしょう。わたしは出会うたび、たくさんのキスを重ねました。男にも、女にも、老いた人にも、若い人にも。美味しい、甘い、生きる勇気がわいた、気持ち悪い、変な感じ。キスのあとのあらゆる言葉の雨を、わたしは味わいました。しかし、卒業する直前、同い年ぐらいの男の子にキスもしないで言われました。
「こういうのは癖になるから良くないし、きみは向いてないよ」
 わたしは、なんだかその言葉が嬉しくて、涙を流さないよう耐えながら、彼の頬にキスをしました。バードキス、という、一瞬のキスでした。そのキスを、わたしはきっと生涯忘れないでしょう。同時に、彼とはもう二度と会わないでしょう。
 やがて大学のため上京したわたしはネットで出会うことをやめ、唾液を売るようになりました。不思議に甘く、良い香りのする唾液は、よく売れました。そのうち、常連の男の人からアプローチされ、彼と結婚することになりました。彼は糖分が足りないと、やがて死に至る病にかかっているそうでした。わたしは、そうして彼とだけ、多くのキスをしながら、唾液を売って、生きるのでした。

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