// 赤いスカーフ

 死んだはずの姉がいたのは、小学校へ向かう緩やかな長い坂道のてっぺんだった。柳の木に寄り添い、微笑んでいた。
 昔は駆け上がったその道も、今となっては途中にある平たくなった短い道の間で一息吐かねばならない。腰を曲げ膝に手を当てふうふう呼吸をし終えた後、顔を上げると深い青色に向日葵が描かれたワンピースが逆光の中で見た。そして少女は、私が疲れ果てた姿を見て高く笑い声を上げ、先へ走っていってしまった。この辺りにあんな子供いただろうか、と考えているうち、てっぺんに着き、思い出した。
 あれは姉のワンピースだった。いつも先にてっぺんにいたのは私で、振り返るとあのワンピースを着た姉が息苦しそうに汗だくになって微笑み、しかし足を止めなかった。その姿を見て、幼い私は笑っていた。
「きよくんは、本当に足が速いねえ」
 姉の声がふとよみがえる。私は足が遅い子供だった。姉にしか勝てないほど。

 姉は身体が弱い人だったから、中学校の入学式前に入院し、そのまま亡くなってしまった。実家の居間には、今でも数度しか着られなかったセーラー服が飾られている。何度か知り合いに譲ってもらうよう頼まれたり、譲ってあげようか悩む両親の姿を見たが、いずれも至ることはなかった。私が着たものは卒業して数日もしないうち、隣家の子どもに譲っていた。
 今も姉は成仏していないのだ、という事実は、思う以上に悲しくなった。かといって両親や寺に相談することでもないから、私は考えあぐね、ひとまず供え物か何かを用意することにした。姉の好きだった団子、緑茶、それからセーラー服の赤いスカーフを一つ借りた。スカーフだけは予備のものがあったから、一つ借りたところで両親にばれることはない。
 次の日の朝、妙に目覚めが良かったのですぐさま坂道へ向かった。そうして途中の坂道で休みながらてっぺんにたどり着き、用意したものたちを柳の木の元に埋めた。だからなんだと言うのだ、とは思っていた。もしたかがスカーフを埋めることで成仏していたのなら何もないままだし、また現れるとも限らない。何にもなるはずがないのだ。それでも埋め終え、坂道を下って家へ帰ろうと思ったのだが、途中振り返ってみると幸いか、またてっぺんに姉がいた。
 姉は嬉しそうにそのスカーフを肩から掛けていた。しかしワンピースのままだから似合わない。かといって制服を埋めるわけにもいくまい。それでも姉の気がいくらか休まったように思い、私は随分安心したのだけれど、姉はいずれスカーフをほどき、片手で大きく左右に振った。声はないが口を大きく開き、こう言っているのだ、と私は察した。
 さ、よ、う、な、ら。
「お姉ちゃん!」
 私は慌てて坂道のてっぺんに向かうと、やはり姉はいなかった。しかし、埋めたはずのスカーフは土埃なく、柳の枝に結ばれていた。お使い、と姉が語っているのを思い浮かべて、私は思う通りに泣いてしまう。せめて姉が小学校の先にある、中学校へたどりつけていると良いのだけれど、と思いながら。

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