形状記憶少女

// 弟

 弟とふたりで、パソコンのデータをCドライブからDドライブへ移そうとした。明日の仕事に備えて寝ようとする両親に、パソコン壊さないでね、と言い含められたのだけれど、結局場所タブさえ見つからないのに午前二時を迎えてしまったから、お腹が減ったね、と外へ出た。春なのに、肌寒い夜だった。
 そしてコンビニで同じカップラーメンを仲良く二つ買った帰り道、弟が言った。
「実はさあ、ゲイなんだよね」
 その前までは沈黙だったので、脈絡なんてなかった。
 横を向くと、ニキビと寒さで赤くなった頬と、今年引退した野球部の名残で短く刈った頭を恥ずかしそうに撫でていた。どうせ高校に入っても野球部なのだから、と弟は丁寧に刈り続けていた。家族みんな、その頭を撫でるのが好きだった。
「そうか」
 頷いた。
 ゲイの友人は、まだいたことがない。ゲイの文化は、テレビやネットでちらっと見ただけだ。偏見はない、差別する人が信じられない、とも誰かと喋り続けた。けれど自信はなかった。いざ現れたとき、あれほど差別する人間を軽蔑してきたのに、自分がならないとは言い切れなかった。隣にそういう人がいたときに、ついうっかり、嫌悪してしまったら。
 そういう恐れはずっとあった。幸い、嫌悪感どころか言い表わせるような感情はなかった。
「好きな子いるの」
 今まで恋愛話はいくらかしてきたけれど聞いたことがなかったのは、そういう意味だったら申し訳ない、と思った。弟は首を振る。
「まだいない、けど、ときめくのは大抵男だから」
「ときめきだったら、同性にもよくあるけど」
 いやあ、と弟は首を捻った。
「なんて言うのかな、姉ちゃんの言いたいこともわかるけどさ、女の子にもときめくけどさ。あっ、このときめきが進みに進んだら、きっと好きになってしまうだろう、っていう予感めいたさ、ときめきなんだよね」
 弟のきらきらした言葉選びに、うっと目が眩むような気持ちになる。
「お前、どこでそんな言いまわし覚えたの」
「少女漫画好きだからじゃない」
 たしかにそうだ。でも私だってそれなりに好きだけれど、そんな言葉選びはできなかった。弟より数年長く生きたという心地がまったくなくなってゆく感覚にぞっとしながら、つまらないことを言い返すしかできなかった。
「まだバイって可能性もあるよね」
「そうだね」
「私もバイかもだしね」
「そうだね」
 弟は優しかった。だから彼氏ができないんだ、と自分にがっかりしていると、弟が突然立ち止まる。私は少し先を歩いてから、振り返った。
「どうしたの」
「ねえ、子宮欲しい」
 両親にクリスマス何が欲しい、と聞かれて、ゲーム、と答えたときと同じ調子だった。
「姉ちゃん、ちょうだいよ」
 ほう、と息を吐く。うっすら白い息。弟の綺麗な頭の形だけが、くっきり浮かんでいる。私は言葉を選ぶことさえできない。
「嘘だよ」
 弟は笑って、また足を動かす。歩幅が広いからすぐに並んで、追い越していく。待ってはくれない。だからすぐには追いつけない。
「ねえ、ねえ」
 背中に呼びかける。
「何」
「子宮はあげらんない」
「そうか」
 そうだろう、という響きで、寂しくなった。でもね、と返す。
「でも、いざ子供欲しいとか、難しいことわかんないけど、なんかそういうことになったら、貸すからね」
 ちゃんと教えてね、と呟いた。
「ありがとう」
 弟は丁寧に、お礼を言った。歩幅が狭くなって、私はようやく肩を並べられる。ちかちか点滅する街灯とすれ違いざまに。

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