// 髪を

 妹は長い髪をうんとお気に召していたくせに、急に駄々をこねて週末、床屋へ足を運んだ。腰まで届きそうだったのに、途端におかっぱと呼ぶに相応しい髪形になって妹を別人に仕立て上げた。すっきりしたでしょ、とつねづね妹の長い髪を鬱陶しがってた母は微笑んだ。妹は髪先をつまみながら、そうね、と薄笑いして頷く。納得なんて生まれてこの方したことがない、とでも言いたげな顔つきだった。
 あんたの妹さん、同級生の婚約者に手を出したんですって。
 次の日、耳聡い友人は私に教えるように、確かめるようにそう言った。知らなかった。そお、と私も肯定するように、確かめるように呟いた。同級生はうちの家よりも良い家柄の娘で、婚約者はもう成人している背の高い男だという。知らなかった。もう一度、そお、と呟いた。
 知った途端、髪は女の命と誰が言い出したのか気になった。すぐさま言い出した人間に出てきて欲しかった。そうして妹に謝って欲しかった。妹に、あなたが同級生の婚約者にふられたことと長い髪を切ること、また、同級生へ落とし前をつけるみたいに長い髪を切ること。とにかく、長い髪を切ることに対して何もかも因果関係などありはしないということを、語って欲しかった。けれどもう遅かった。妹は長い髪を切ってしまった後だった。妹が切った長い髪を大事に紙紐で束ねて箪笥にしまったところを見ていた。名残惜しげに抽斗を幾度も撫でていた。妹自身さえ、色恋沙汰と長い髪の因果関係をつかめなかったに違いない。
 しかしそれで許されてしまった以上、誰も説明できないのにしっかりと結び付けられてしまった。夕方、例の同級生は不機嫌な様子を見せないで、妹と手をつなぎ帰り道を歩んでいた。やがて背の高い男がやってきたのと同時に、手は離された。さようならあ、と同級生は声高らかに手を振り振り、妹と別れた。同級生の手は新たに、背の高い男とつながれた。妹はじっと、二人の後姿を見ていた。
 長く伸びた影も見えなくなった頃、ふいに振り返って私と目が合う。姉さん、と目は語りかけ、笑われた。声かけてくれれば良かったのに。ごめんね、と謝りながら肩を並べた。歩幅はほとんど変わらなかった。
 ずっと思ってたんだけど、と妹は言い出す。ここんところの、まっすぐとした道さ、バージンロードのようよね、夕日で明るくてさあ、車もあんまり通らないし……。
 さっきの様子を見ていなければ、気軽に同意できた事柄だった。あるいは妹が、嫁を送り出す父であれば。私は首を振って、妹が首を傾げたのと一緒に言った。……あんたは、洋装より和装が合うわよ……だからまた髪、伸ばしなね、かつらより地毛んのが、ずうっと格好良いから、結婚までまだ、時間はたっぷりあるんだから……。妹は目を白黒させて、微笑んだ。そうね、考えとく、ありがとう、お姉ちゃん。
 やがて日が沈む。バージンロードも、消え失せる。

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