// よだか、コール・ミー

 よだかは電話をしましょう、と僕を誘う。よだかの声はつやのある、少女にしては低い声だった。僕はよだかの隣にいた。僕らの目の前にはちょうどよく、電話がひとつずつ置いてあった。よだかはもういかにも重そうな、黒くすべすべとした受話器を手に取っていた。小さな明かりの中でその受話器はよだかの黒く長い髪と溶けてしまっていて、下手をしたら本当に吸いこまれてしまうんじゃないだろうか、と思ったら気が気じゃなく、はらはらとした。あるいはもはや吸いこまれてしまったんじゃないだろうか。
 そうしていつものようによだかに気を取られていたせいで僕の手は何度か空を掴んだ後、よだかが小さく笑って馬鹿にするからようやく視線を自分の電話に向けて受話器を取ることができた。そこで、なぜ空を掴み続けていたのか理解した。僕の目の前にあった電話は台があれば縦にまっすぐ立てられたのだろうという具合で、不安そうに仰向けで寝かされた、小さな振動でも震えるほど軽いプラスチック製の子機だったのだ。手に取ると自分が考えていたよりもはるかに軽くて、落としてしまいそうだった。しかし僕は、こんなプラスチック電話の本体を、家で見たことがなかった。どこに本体はあるのだろう。そう思いながら耳に当てると、途絶えそうにない電子音が聞こえた。
「使えそう?」
「なんとか」
「それじゃあ、電話をかけましょう」
「待って、番号は?」
「ここの電話番号」
 そうしてよだかは当たり前のように告げる。僕にここの電話番号など記憶はなくて、ちょっと辟易した。しかし忘れた、教えてくれ、なんて聞いてはならないような気もする。結果、僕はひとまず適当に、電話番号らしい番号をプッシュしてみるのだった。子機の液晶画面は明るい。僕はいちいち迷いながら電子音を鳴らしているのだけれど、よだかのほうに迷いはなかった。じいごろ、じいごろ。黒電話はよく懐いた猫のように、よだかの指先が番号を回すたび機嫌よく鳴いていた。
「私は掛けた」
 暗闇の中、なんとかよだかの指先が何番を回しているか見えないだろうかと目を凝らしたが、やはり見えなかった。諦めて、僕は適当に番号を選んだ。
 奇跡的に、その電話番号は存在したらしい。僕はほっとして、もう言葉を考えていた。もしもし、ああ、すみません、間違えてしまいました、ご迷惑をおかけしました、失礼します。長ったらしいかもしれない。しかし分かっていて間違い電話を掛けているのだから、丁重さが必要だと思った。やがて、電話はつながる。
「もしもし」
 僕はおそるおそる声を掛ける。
「ええ、もしもし」「ええ、もしもし」
 びっくりした。隣のよだかの声より、少し遅れて電話からも同じよだかの声がしたのだ。僕はついよだかのほうを見やってしまった。
「そんな驚かないでよ」「そんな驚かないでよ」
 よだかは笑う。指先でコードを弄んでいる。
「電話を初めて掛けた人じゃああるまいに」「電話を初めて掛けた人じゃああるまいに」
 僕は素直に謝る。よだかの受話器からも、僕の声は二度繰り返されているのだろうか、やはり。
「ねえ、お話しましょう」「ねえ、お話しましょう」
「何の話を」
「あなたの好きな話」「あなたの好きな話」
 僕の好きな話は、よだかが機嫌を損ねない話だった。するといくらでもあるような気がしたけれど、今この場にふさわしい話と考え出すと何にもないような気がして、自信なく語り始めた。
「受話器のコード」
「うん」「うん」
「英語でコードとは、その受話器のコードという意味もあるし、へその緒、という意味もあるらしい」
 電話は切れた。よだかの機嫌を損ねてしまったか、とよだかを見た。よだかは呆れ顔で僕の子機を指さしていた。
「だめ。充電が切れちゃったみたい」
 よだかは僕の手からするりと子機を奪ってしまうと、そのままゴミ箱へ放り投げた。底を叩く音がした。
「でも残念。もう電話がないの」
 フウ、と息をつき。
「新しい電話を買ってきたら、またしましょう」
 よだかは心から残念そうに受話器を置き、一撫でした。黒電話は、ひどく機嫌が良さそうだった。

「――それが、あなたが電話を集めるようになったきっかけですか?」
「僕が覚えている限りでは」
「十年以上前、でしたっけ」
「ええ」
 電話田さんは疑いの眼差しひとつ、僕に向けることはなかった。今思えばいくらだっておかしなことはある。まず買った覚えのない電話が二つあったこと。あの後子機の本体電話をいくら探しても見つからなかった。それから適当な電話番号で同じ家に掛ったこと。適当な電話番号だっておかしいし、電話を掛け合えば両方通話中と見なされて繋がるはずもない。僕は嘘をついた子供みたいな気分で、しかし責められないもどかしさからそうしたことを電話田さんに告げた。
 電話田さんは落ちてくる眼鏡を指で戻しながら、少し微笑んだ。
「ええ、もちろん、気付いています。そしてそれには適当な答えを用意することも可能です」
「たとえば」
「よだかさんが中古屋か何かで勝手に買ってきた、だとか。適当な電話番号はそれこそ適当な電話番号だった、だとか」
「そうしたことはそれでもいいでしょうけど」
 僕は納得がいかない。電話田さんは笑う。
「私も、別にそれらの答えを信用しているわけじゃ、ありません」
「じゃあ」
「しかし、あなたも今となったら分かっているでしょう」
 電話田さんは立ち上がり、僕に渡す電話を選ぶため、空に人差指をなぞった。
「電話は何をもたらしても、おかしくないということ」
 そのとき、あたかも電話田さんの答えを肯定するように、部屋中にあった百以上の電話が、一斉に鳴り始めた。部屋に取り付けられた電話のための棚、ショーケース、どこから持ってきたのか分からない箱ごとの公衆電話さえすべてが余すことなく。電子音ベルの音クラシック電話の音かもさだかでない音すべて余すことなく耳を突き破って……一斉に止んだ。そのときにはもう、先程と変わらない、静かな夕方だった。
「ね」
 電話田さんは何事もなかったかのようにひとつ、よだかの黒電話によく似たタイプの、しかし褪せた緑色の電話を選び抜いた。埃を取り払うように撫でながら、僕に差し出す。
「本日のお話は、大変面白かったです」
 電話田さんは微笑む。
「また、どうぞ聞かせてくださいね」
 僕は礼を言って、電話を受け取った。
 それからずいぶん長い付き合いになる電話田さんとの出会いも、元を辿ることはできた。たとえば、その電話田という変わった名字も彼女の祖父によって行われたことだった。若い頃起業し、さんざん無茶をしながらも歴史の教科書に小さく名前が載るようなことをした彼女の祖父だったのだが、晩年まで我ながら良い発想だったと自慢していたのがこの名字だったという。
 電話田と改名したのは年を取り、病気を早期発見して治療に成功してからなぜか電話を好むようになる、しばらくのことだ。それまで普通の名字だったのだけれどお金を積み、家族に相談もなしにやってしまったから、いくらか怒られたが反省する気のない祖父を彼女はよく記憶しているという。電話を好きになったのも突然でお金に構うことなく集め始めるから、皆嘆いていたという。それはなんだか、分かる気がした。電話が日常にない人など、そう滅多にいなくて、ならば好きになる機会はいくらでもある。するとある日突然神様が降りてくるみたいに、電話が好きになってしまうのだ。潜伏期間の長い病気みたいなものだ。ただ電話だけではない、本当にさまざまなことに言えるのだろうけれど。
 しかし晩年まで自慢しただけあって、これは本当に良い発想だった、と電話収集家やちょっとした電話好きならば間違いなくそう褒め称えた。なにせ、電話帳にその名前が載ってしまうのだ。電話田、と。電話収集家や電話好きがその名前に惹かれないはずがない。うずうずと指先から興奮しながら番号をプッシュし、あるいは回し、彼女の祖父に通じるのだった。
 彼女の祖父は間違いなく偉大で、そうした人々を静かに集めて行き、やがて電話好きと電話収集家だけが載った電話帳を発行してしまった。年に一度、改訂増しては新しく発行した。彼女の祖父が亡くなっても誰かが頼まれたわけでもないのに、それを続けた。もう五十版ぐらいになる、と電話田さんは言う。個人情報にうるさくなった今では悪用されないため、認められた電話好きでなければ手に入れられることができなかった。十年以上の電話収集をしている僕でさえ祖父の縁から引き続いてもらい続ける電話田さんから見せてもらったことしかなく、あと二十年ぐらいは待つことを覚悟していた。しかし四十七版目に僕の電話番号が載っていたから、きっともう少しですよ、と電話田さんは教えてくれた。
「それでは、また」
「お待ちしております」
 僕が電話を掛けたのは電話田さんが祖父の名字を引き継いでからのことで、僕自身彼女の祖父に会うことはなかった。しかし彼女の祖父は遺言を残していた。お前が電話を渡してもいいと思う者が現れたら電話を差し上げなさい、と。そうして幸い、何度か電話田さんと電話をして認められたらしい。四度目の電話の際、家の住所を教えてくれた。三つ離れた町にある、バスで二十分乗ったさらに先にある、大きな館だった。
 もちろん他の電話好きの人々に比べれば劣るのだけど、とは彼女が言っていた前置きで、少なからず電話が好きだし祖父の遺品なのだから、すべて一度に渡したくはないと。もちろんそれは渡さないということでは決してなく、週に一度この電話田の家を訪れて電話についての話をし、そのときの礼と土産として電話をもらう、という形になったのだ。
 僕は帰り路のバスの中、持ってきた紙袋に入れた緑電話をしばしば撫でながら、窓の外を見た。そして電話田さんの言葉を思い出す。
「電話は何をもたらしても、おかしくないということ」
 そう、きっと、そうだ。電話は何にだって、通じてしまうのだから。そのとき、黒電話のベルの音が鳴り響く。ついひやりとしたけれど、音がいつもと違う。前の席に座っていた学生が慌てて携帯を取り出しキーを押すなり、音は止んだ。バスの運転手は不快そうにアナウンスを流す。
「バス車内での携帯電話のご使用はお控えください。マナーモードにするか、電源を――」
 僕は次に電話田さんに話す事柄を、考えることにした。

 携帯電話を集める女性がいた。彼女とは大学の同級生だったのだが、電話研究会というサークルで出会った。電話研究会は居心地が良かった。特に目立った取り柄のない大学に電話研究会の人々は、ほとんど電話研究会に入るためだけに入学していたからだ。すると選び抜かれたような電話好き、電話収集家が集まって、なんとなく入った人たちは居心地悪そうにしながらも、結局卒業までには電話を愛していたり、電話収集を始めていたのだった。
 携帯電話を集める女性は、その中でもちょっと変わっていた。電話好きでも、携帯電話を集める者が少なかったのも一つだ。携帯電話と言うより無線機のような無骨なものから、最新のタッチパネル式の携帯電話まで、色違いさえすべて取り揃えた。すべて傷一つない新品で、使い古された電話を愛でる人々を嫌悪するぐらい、潔癖めいたところがあった。それに大抵の電話好きはどこか奥ゆかしく、それこそ電話のように静かな人が多かったのだけれど、彼女は電話と同じくらい自分が好きだったせいか珍しく騒がしい人だった。
「理解できないの」
 あるとき飲み会で、顔を真っ赤にした彼女に問われた。
「どうして、どうしてだろうなあ。電話研究会は、ほら、携帯電話を持つ者が少ないんだろう」
「必要がないだけさ」
 僕がそう答えるなり、そうか、お前も持ってなかったんだったな、とちょっと嫌そうな視線を送られた。
「現代社会に必要ないなんてことはないわ! 今すぐにでも電話を掛けたいという、急ぎの用事があったらどうするの」
「電話を掛ける、留守番電話を掛ける」
「あなたが考えるより、もっと急ぎの用事なのよ!」
 僕はそんな用事に出会ったことがないから、それ以上は考えられなかった。それから彼女と僕は会話をすることはなく、卒業のときの飲み会で顔を合わせたときに一言だけ言葉を交わしたきりだった。
「まだ、まだ覚えてるわ、あなたのこと。いつか、その、急ぎの用事を実感するから」
 その頃の僕はもうすっかり忘れていたから、ちょっと驚いた。僕が思っていたよりも彼女は、ずっと律儀だったのだ。その夜に、それをさらに証明するような電話が掛かってきた。
「もしもし」
 と、家に帰ってきてすぐに受話器を取ると、ちょっとノイズがかった彼女の声が響いた。
「――、……いま……さ……だ」
「よく聞こえない、もっと電波の良いところへ行けないか」
 そう言うとちょっと移動したのか、間を開けてから彼女はもう一度言う。
「私は、今まさに死んだ」
 乱暴に電話を切る音がした。受話器を置くと、もう一度電話が掛かってくる。僕は受話器を取る。
「もしもし」
「あっ、ねえ、大変なの!」
 焦りを滲ませた声で、彼女は今まさに電話好きの男が目の前で事故を起こしたことを告げた。みんなでいくら止めても振り払って無理やりバイクに乗って、すぐにトラックとぶつかってしまったのだという。救急車を呼んだけれど、たぶんだめ、と彼女は言う。
 僕は穏やかに、こう返した。 
「知っている」
 後日の通夜では、彼女の家族も困った携帯電話の山を彼女の恋人が引き受けていた。それから電話研究会の人々に頭を下げて、電話についての教えを乞うた。こうした流れさえも、電話収集家を増やしていくのか、と僕は思った。

 僕が家に帰ると、よだかが飛びついて来た。
「おかえり!」
 こうして愛想良くやってくるのは、なぜだか電話を土産に持ってくる日だけだった。よだかは電話の気配でも察することができるのだろうか。僕は仕方なしに緑電話が入った紙袋を渡すと、すぐさま奪い取られてしまった。よだかは歓声を上げて、新しいペットでも来た子供のように撫でる。そしてどこへ置こうか迷った末、テレビのすぐ横を選んだ。
「もう棚も足りなくなっちゃったね」
 今気付いた、とばかりにわざとらしい言い方だった。僕は首を振る。
「また新しいのを買ってくるよ」
「んふ、良い子」
 よだかは僕の前髪を上げて、口付けを落とす。よだかの匂いがした。すこし甘い、子供のような匂いだった。僕はゆっくりとよだかの背中に腕を回す。よだかは、まだ少女だった。きっとこれからも少女なのだろう、と思う。
「ねえ」
 よだかは僕の背中を撫でる。電話を撫でる、あの手のように。
「電話、しましょう」
 もうよだかと僕が、隣で電話をすることはない。あんまりにも趣がないことに気付いてしまったらしくて、僕は廊下に追い出される形になった。同じ家で同じ回線を使って同じタイミングで電話を掛けて、通じるはずもない、ということに気付いてしまってからは、それまで不思議と通じていた電話も繋がらなくなったからわざわざ別の新しい電話線を引いた。僕はその辺の適当な電話を選び抜いて、廊下に出る。今日は公衆電話にした。近頃街にあるものより少し古めのタイプだ。僕はそして、よだかに電話を掛けていいか扉越しに尋ね、急かされ、間違いなくよだかの電話番号を回す。
「はい、もしもし」
 よだかの声はもう、二度繰り返されない。

 電話好き同士が出会うには、良くないところ、でたらめに電話番号を押してみる、という方法もある。そもそも電話番号が存在しているかさえ危うい中、存在しなおかつ電話好き、というのがロマンチックだったのだ。これは電話田さんの祖父が現れるまで電話好きの中ではわりと主流な出会い方だった。文通で知り合ったなんて言おうものなら馬鹿にされるから、そうした出会い方だったのだと嘘をついたのが始まりだったんじゃないだろうか、と電話研究会の中でももっぱらの議題だった。未だそれについて研究を重ねる先輩もいて証拠は集め切り、後は誰かが証言でもしてくれればと言うところらしいのだが、電話好きとしてのプライドを崩してくれる人間がなかなか現れず、このままだとその時代に生きていた電話好きがいなくなってしまいそうらしい。
 かくいう僕も若い頃実際に何度か挑戦し、何度も知らない誰かに怒られた。それでも一度だけ成功したことがあって、それで満足してやめたのだ。僕より十ほど年上の男性だったのだけれど、電話はお好きですか、と聞くなり面白そうに笑われた。きみ、よくこんな古いやり方を知っているね、と。それを皮切りにいくらか電話の話をして、また好きなときに掛けてきなさい、と言ってくれたので何度か掛けたし、あちらからも掛かってくることがあった。身近な電話好きには話しづらいことを、彼とはよく語らった。そう言っても変わったことではない。電話好きの中にも人間関係があって、先輩が電話による話をしたときに、素晴らしくないことでも素晴らしいと言わねばならないときなど、彼に不満を漏らした。彼は年上らしく僕を肯定しながらも、先輩の言いたいことをより分かりやすく丁寧に教えて僕に理解を招いた。
 彼にはいろんなことに世話を焼いてもらったのだが、つい先日、彼は亡くなってしまった。通夜の連絡が来たのはほとんど奇跡で、最後に電話の際、きっと僕はもうすぐ死ぬだろうから、君に通夜に来てほしいと住所を聞かれたのだ。彼には確信があったから、僕も素直に教えた。
「恋人が出来たんだ」
 僕と彼が会ってからしばらくして、彼は恥ずかしそうにそれを教えてくれた。誰かに言わねば、体のどこかから漏れてしまいそうな響きを伴っていた。彼は実直な性質だったのだけれど、それが女性に好まれるのとは別らしく、長らく一人だったのだ。祝いながらもなんとなくぴんときて、もしかして電話好きの人ですか、と尋ねるとばれたか、とでも言うように認めた。
 次にその恋人の話題が出たのは、結婚を考えている、という旨だった。その前の電話から一年も経っていなかったが、彼も、おそらくその恋人も適当な年齢だろうから、年下の意見で申し訳ないけれどと前置きをしつつも、やはり祝った。彼は結婚式を開くとしたら、君も呼ぶ、と意気揚々だった。
 その次は、さして間を開けなかった。それが先日の電話だった。ただ、結婚はもう少し先にする、とその日は珍しく電話の話もなしに喋った。何か言いたげな沈黙があったので、僕は何があったのか尋ねた。
「……彼女は、とても気立てのいい、とにかく良い人なんだ」
 言い訳めいた語り始めだった。話を聞いた。
 彼女は、電話でも特にコードが好きなのだという。指で弄ぶ仕草がとても愛らしいのだと彼は言う。僕もよだかを思い出して同意した。しかし近頃はどうも嫌な方向へ向かっている、と。僕が追及すると、おずおずと彼は言った。
「首を、絞めてもらいたがるんだ」
 電話のコードでもって、彼に懇願する。彼は拒否することができなかった。数日に一度、彼は彼女の首に電話のコードを巻くようになった。そうして彼女が満足するまで、あるいは気絶してしまうまでやるようになった。そうした性癖を聞いたことがないわけじゃない。しかし彼はあくまで普通の実直な人間なのだ。慣れるまでに達することは、到底無理だろう。
「彼女を殺してしまいそうなのが、怖いのですか」
 僕がそう尋ねると、彼は黙っていた。そうして悩み抜いたらしい後、いや、とうめくような声で答えた。
「彼女は、自分の死なない限界を分かってくれている、と思う。しかし、僕は、僕が一番恐ろしいんだ」
「自分が?」
 彼は耐え切れずに叫んだ。
「だって僕は、もう人を殺す術を知ってしまったんだ! どれぐらいの力で絞めれば、どういう体勢で絞めれば、そのままどれほど待てばいいのか……」
 沈黙した。僕は若かった。もし彼より僕のほうが年上であれば、もっと良いアドバイスができたのだろうか。僕は彼を、助けることができたのだろうか? 僕には、分からない。
 長い長い静寂の後、彼は静かに囁いた。住所を教えてほしいと。そして僕は住所を教えてしばらく、通夜の連絡はがきが届いたのだった。彼の住む町は、少し遠かった。電車を乗り継ぎ、田んぼと家が半々にあるような田舎で、彼の名が書かれた看板を見つけてようやく辿り着いた。
 僕はすぐさま、きっと彼の恋人だろう、という人を見つける。彼の老いた両親が泣いている横で、楚々と正座した綺麗な若い女性だった。首が細く長いような気がする。しかし、首元はタートルネックの喪服に覆われて、見えることはなかった。俯くその人を見ながら、僕は後ろにいる彼の同級生たちの会話を聞く。
「どうも首吊りらしいな」
「ああ、電話のコードで、だろ」
「電話狂いのあいつらしい、なんて言ったらまずいか」
「しっかし、想像付かないな。どうやったんだろう、一体。コードが切れてしまってもおかしくないだろうに」
「ドアノブに引っ掛けて、上手いことやった、とかなんとか……ほら、警官が……だったから」
「そうか、あいつ警官だったなあ。でももったいないな、ようやくあんな美人さんを手に入れられたのによ」
「結婚もしてなかったのにな、一体どうして」
 そこで、女性は僕の視線に気付く。そうして赤い口紅を塗った唇を、横に引いた。僕しか気付いていないだろう、その瞬間だけ。
 僕が家に帰ろうとすると、腕を取られた。彼の恋人だった。
「ねえ、あなた」
 僕はまだ自然と首元に目が行く。彼女もそれを分かっている。電話のコードを弄ぶというその細い人差指で、タートルネックをほんの少し撫でて言った。
「ねえ、見て、みたい?」

「……ふうん、そんなことがあったんだ」
 へえ、とよだかは感心したように語る。よだかとはよく電話をするけれど、こうした話はあまりしない。電話の雑学や歴史、あるいは電話の素晴らしいことなどを主に語って、結局電話好きの人々とする電話とさして変わらないのだった。
 よだかはううん、とちょっと迷ってから、いたずらに尋ねた。
「ね、もし私が首絞めてって頼んだら、あなたはやってくれる?」
「さあ、どうだろうな」
「一応、悩むんだ」
 悩むことが良いのか悪いのか分からなかったけれど、よだかは満足そうなので良いとしよう。
「ね、ね」
 よだかはきっと身を乗り出している。
「結局、その首、見たの?」
 僕は少し黙った後、答えた。
「秘密」
 不満を訴える扉を叩く振動で、もたれかかっていた僕も揺れる。

 電話収集をするには、やはりお金というものが必要になってくるときもある。電話田さんからもらう電話だけでやっていくのも悪くはないのだけれど、なかなか収集欲というのは収まらないのだ。定期的にちょっとずつより、一度に一気に得たほうが、なんとなく満足感も多くて気持ちが良い。
 何より、僕は生きている人間であって生活している。生活費が必要なのだった。くわえてよだかもいるので、僕はいくらか頑張らねばならない。
 そこで僕がやっている仕事は、例のごとく電話研究会でお世話になった先輩から回ってきた仕事だった。ちょうど知り合いのところが人員募集をしている、という話を聞いてすぐさま連絡した。電話研究会から、と言うと朗らかに笑われ、うちは電話も扱うけれど、それだけじゃないですよ、と念を押すように言われた。それは聞いていなかったけれど、構わなかった。何せ仕事がなかったのだ。僕は大学在学中から少しずつ通って、卒業を機にそのまま就職した。
 その仕事は、あんまり表立ったものではない。寺の副業、みたいなものだ。雇い主が地方新聞の片隅に広告を載せていたときは、あんまりに雑でちょっと驚いた。
「いわくつきのもの、引き受けます」
 つまり、供養します、ということだ。雇い主は住職の仕事を兼ねていて、しかしいわくつきのものが何でも燃やせるものというわけじゃなく、業者に委託しなければならないのだけれど雇い主は面倒くさがりだった。奥さんや娘さんは気味悪がってやらないというので、そこで雇われたのが僕だった。雇い主が忙しければ代わりに話を聞くこともしたし、もちろんそのとき僕がまったくの素人であることもちゃんと言うのだけれど、持ち込んでくる人はとにかく話を聞いて欲しい人か、何もしゃべりたくない人の大抵どちらかなのでさして困ることはなかった。
 これだけで食べていけるのだろうか、とも不安になった時期もあったけれど、どうもさして大きくもない寺なのだけれど供養に関して有名らしく、わりとやっていけた。
 引き受けるものはオーソドックスに人形、ぬいぐるみや写真なのだけれど孤独死か何かのせいか家電製品なども多いので、供養次第欲しいものを持って行ってくれればいい、と雇い主は豪気に笑う。それは遠慮しておいた。ただ電話となると話が違って、裏に血がついていても欲しくなってしまうから電話好きは厄介だった。どうしても欲しくなったらひとまず取って置いて、電話田さんの家に訪れた際、同じ型のものがないか探した。もしあったら、取り置きしていたものは業者に出してしまう。大概の型は電話田さんの家にあったし、そちらのほうが綺麗なものも多かったので結局そこまで手を出すことはなかった。結局手を出したのは、今回が初めてになる。
 型番、デザイナー等一切不明の、全体が小作りのなめらかで真っ白な石でできた電話だった。台に卵のような形で直立し、横に引っ掛ける形で受話器が付いている。本体にそれだけで何の装飾もないかと言うとそうではなく、よく見ると植物のような絵が彫り刻まれているのだ。丸いボタンの番号はでたらめに並ぶ。
 このデザインに凝った装飾を一度見て忘れないわけがない。僕は取り置きせず、そのまま持って帰り、電話田さんに見せた。やはり電話田さんにも見た覚えがないようだった。
「祖父がすべての電話を集めたとは思っていません。ですが、やはりこれはみたことありません。海外のものでしょうか、やはり。少なくともメーカーの名前さえないですし、番号もばらばら。やはりこれは個人の特注だとは思えるんですが。検索にかけても出てきませんし……」
 電話田さんが試しに電話線をつなげてみようとすると、ちゃんと差し込まれなんてことはなく通じた。ボタンも押せる、聞こえるし届く。
「中身は日本製、ですかね。ううん、全然分かりません。比較的新しいですが、ただ、すごく貴重なことはたしかだと思うので、大事になすったらいいと思います」
 電話田さんは丁重に自らの指紋を拭き取って、僕に返した。
 そんなわけで電話田さんのお墨付きも頂き、家に置くことにした。もう新しい棚を買ったので余裕を持って置くことができる。よだかもその奇妙な形の電話を気に入ったらしく、棚に引っ越された緑電話が元あったテレビの前に置かれた。白い卵の電話は、どこに置かれてもよく目立った。だからといって特別何かがあるわけではなく、他の多くの電話のように、使われることはなかった。
 数日経った真夜中、電話が鳴る。鳴り止まない。僕は寝室から寝ぼけながら鳴っている電話の受話器を取った。
「もしもし……」
 ざあざあと雑音が響いていた。時間帯と合わせて考えれば、すぐに納得できる。いたずら電話。僕はもう少しだけ待った後、切りますよ、となるべく優しく告げて切ろうとすると、荒い息で囁かれた。
「切る気なの、そうしてまた私を見殺すの」
「何のことか分かりません」
「死んでやる」
「死なないほうが良いでしょう」
 天気予報のように語ってしまったのが、なんだか少し恥ずかしくなって、僕は受話器を置いた。
 電話はその次の日も掛かってくる。やはり死ぬぞ、死ぬぞと女性は言う。僕は昨日と同じように返す。そしてその次の日も、その次の日も。一週間続けられた。さすがの僕もちょっとうんざりする。電話は好きだけれど、僕は電話本体が好きなのであって、会話は二の次だ。それこそこんな不毛な会話なんて好き好まない。一度も起きたどころか気付いたことさえないよだかにそれを相談すると、どうでも良さそうに首をひねった。
「死ねって言えば」
 早い話だった。僕は素直にそれを実行する。八日目の夜、死ぬぞ、死ぬぞと飽きることなく続ける彼女に言う。
「死ねばいいと思います」
 いたずらを止ませるためと言っても、言いなれた言葉じゃない。僕はそっと、死なないでくださいね、と思う。死ぬぞ、は無事に止む。ただ、不穏な沈黙があった。しばらくの間を置いて、荒い息だけが戻ってくる。
「今、腕を切ったから……水につけて、死ぬから……」
 まだ続ける気らしかった。僕はもう受話器を置こうとする。置く間際、低い声で最後に聞こえた。
「あなたが殺した女は、よだか。私は、よだか。覚えておきなさい……」
 受話器は置かれた。よだか。だからよだかは、死んでしまった。

 言うべきか言わぬべきか迷って数日、あのいたずら電話が止んでしまったから、僕はもう言うしかないように思えた。僕は本当に、よだかを殺してしまったのかもしれないと。
 朝食を静かに食べている中、それを伝えた。ふうん、と言われた。
「よだかが死んだ、と」
「きっと」
「馬鹿らしい」
 彼女はそう一蹴した。僕は首を振る。
「でも本当に、電話が来ないんだ」
「いたずらでしょ。いたずらでも死人が掛けてきたら馬鹿馬鹿しくなっちゃうし、罪悪感生むには掛けないを選ぶしかない」
 箸の先で目玉焼きの黄身を潰しながら、つまらなさそうに
「でも」
「なに」
「よだかは、死んでしまった」
 僕は言う。彼女は肩を落として、呆れた顔を見せる。
「少なくとも、ここにいるよだかは死んでないでしょ」
「そうだ」
「それとも、私に死んでほしいって言うの」
「君はよだかじゃない」
「は」
 僕はゆっくりと、発音する。英語のリスニングのように、分かりやすく。
「君は、よだかじゃあ、ない」
「なぜ」
 彼女は嫌な顔をする。黄身はもう、丸を保っていなかった。オレンジ色の血しぶきだった。
「僕が、よだかだから」
 とうとう彼女は箸を置く。彼女が誰なのか、僕は未だ分からなかった。
「ねえ、これは気付いたって言うべきなのか分からないんだ。僕はずっと僕だったし、君もずっと僕の側にいた。今だって変わらない。今までの一緒にいた記憶が消えたわけでもないのに」
「よだかはあなただもの。何もかもしょうがないこと」
 ふう、と彼女は一息つく。
「ねえ、あなたは自分の病気について、どこまで覚えているの」
「病気」
「そう、他人と自分を、区別できない病気」
「そんなことになった覚えはないよ」
「自分の名前を忘れていた人の記憶なんて信用しちゃあだめよ、たとえ、自分でもね」
「そうかもしれない」
 なんとなく手を持て余して、コーヒーが入ったカップを撫でる。もう冷めかけていた。
「あなたは自分しかいなかった。親も友達も医者も、全部よだかだった。とにかく他人と区別させるために、医者は電話させることを思いついた。でもあなたが電話する相手はいなかった。だから自分の頭の中によだかを生んだ。すると、あなたはよだかじゃいられない。自分もよだか、相手もよだかだと電話しづらいことに気付いて」
 コーヒーを飲もうか迷って、やめた。
「それで終わってしまったらどうしよう、と私はちょっとどきどきしたけど、幸い電話に興味を持ってくれたから、病気はいずれ治ったみたい。でも、私は残っちゃった。よだかが自分じゃない一人に確立しちゃった」
 よだかだった彼女は、椅子からぶら下がる足を揺らす。彼女が成長しなかったのは僕の想像力が足りなかったせいなのだろうか、成長する必要がなかったせいなのだろうか。
「でも、いつか消えてもおかしくないって思ってたし」
「なぜ消えることになってるの」
「電話もすべて、気付いたらだめだったでしょう。見て見ぬふりできないことって、世の中たくさんある。私もきっとそのひとつ」
 でも、と彼女は首をひねる。
「気付いた瞬間消えないなら、やっぱり家を出るべきなのかなあ」
「家を出る?」
「うん、ちょっとそうしようかな。今やよだかでもなんでもないわけだし。私はよだかが、よだかとして気付くまでの、よだかという名前の拠り所に過ぎなかったわけで」
 冷めた朝食を食べ終えて、彼女はまずシャワーを浴びる。僕はその間、彼女が持って行きそうなものを選ぶよう言われた。彼女の私物が何もないのを改めて見て、本当に彼女はいなかったのだ、という事実があって嫌になった。僕は結局何も選べないまま、朝食の食器を洗った。用意された二人分の皿。二人分の朝食。僕はひとりで食べ続けていたのだろうか。
 彼女は何も選んでいない僕に呆れて、結局自分で選ぶことにしていた。と言っても、紙袋といつも使っていたあの黒電話だけだった。きっとあの、死んだよだかからの電話が、この電話からじゃなければ僕はよだかを
「それじゃあ、行ってきます」
 彼女の靴はないから、裸足で玄関を下りる。
「よだか、良い名前だよ。好きだった、ありがとう、お元気で」
 紙袋を揺らして、彼女は家を出る。ちゃんと扉を開けたし、扉を閉めた。彼女はいなかった。らしい。僕は気分転換にシャワーを浴びに行く。途中、黒電話から引っこ抜かれた電話線を踏みつける。服を脱ぐ。床は濡れていなかった。

 彼女はあの白い卵の電話を持って行かなかった。だから僕は、また電話田さんの家に持って行く。そして一晩、あの電話の部屋に泊らせてもらうことにした。電話田さんは快く了承してくれたけれど、その白い卵の電話を持ってきた意味がわからないらしかった。
「この白い卵の電話は、これ自体というよりも、他の電話に影響を与えているんじゃないかと思って」
「なるほど」
 電話田さんはいつだって、僕の話を信じてくれる。疑ったことなんてひとつもなかった。だからきっとよだかなんていなかったんですよ、と言えば信じてくれるだろうけど、僕は言わない。電話田さんの中だけでも、よだかは生きて電話を掛け続けていればよかった。
 その晩、僕は毛布一枚借りてソファで眠っていた。すると案の定電話が掛かってくる。眠りが浅かったせいか、あまり寝ぼけてなくて意識ははっきりとしていた。部屋の隅に置いてある、箱ごとの公衆電話からだった。電話田さんがこれを特に気に入っているので、わざわざこれを業者に頼んで電話線をつなげてもらっていたのだった。それでもただの飾りで、自己満足です、といつか電話田さんは言っていた。予定だと、僕はこれさえも最後に貰い受ける。僕はそおっと扉を押し開き、公衆電話の中に入った。暗闇の中手探りに、うるさく鳴る公衆電話の受話器を取った。
「もしもし」
「ンアア? 誰だテメエ、こんな忙しい中電話なんか掛けてきやがって」
 どすの効いた老年らしい低いがらついた声だったので、ちょっとおののいた。しかし、やはりあの白い卵の電話は誰かからの電話を勝手に掛けたり、掛かったりするらしかった。
 僕はきっと電話田さんの祖父なのだろう、となんとなく決めつけて喋った。
「あなたは病気です」
「アア?」
「今すぐにでも検査に行けば助かるでしょう」
「何言ってンだテメエ、頭おかしいんか? あ?」
 ここで神のご加護を、とでも言ってしまえば新興宗教になってしまうだろうか。切ってしまおう、と思ったけれど、そういえばまだ言っていないことがあったのだった。耳から話した受話器をもう一度近付けると、律儀にも切っていない彼はやはり電話田さんの祖父のような気がした。
「あなたはいずれ、何かを集め始めます。それを孫に託すでしょう。そして孫には、ぴんと来た人にあげるよう言いなさい」
「うるせえ、わけわかんねえこと言いやがって」
「せめて病院だけでも行ってくださいね」
 そして切った。静かだった。もう電話は鳴り出さないようだったので、僕は眠ることにした。なんだか、よく眠れた。
 次の日電話田さんに、やはり白い卵の電話はとにかく不思議なものらしいことを告げた。何があったか詳しいことは言わなかったので、ぴんと来ていなかったけれど、あなたのおじいさんと話しました、と言えなかった。なにせ証拠がないのだ。本当に偶然間違って掛かってきたのかもしれないし、それは死んだらしいよだかにだって言える。たった二度で証拠とは言い張れないけれど、僕らは電話好きだった。だから不思議なことを、電話のせいにできた。
 電話田さんに礼を言って家を去り、その足のまま白い卵の電話を寺に持って行った。雇い主は仕事の日でないのにやってきた僕にも不思議そうだったけれど、その特徴的な電話を覚えていたらしく、おや、と見やった。
「供養だめだったかあ?」
「いえ、というより、そもそも供養だとか言うものじゃなかったんだと思います」
「ああ、そういうのもあるよなあ」
 今度の業者委託に出していいか尋ねると、雇い主は笑って了承した。元はうちのもんなのだから、と。
 そしてようやく、僕は家に帰った。誰もいなかった。表玄関の鍵閉めを面倒くさがった僕は、裏口から戻ってきたときにビニール袋を見つける。それには、いつかの子機が入っていた。たしかよだかがゴミ箱に投げたのだけれど、ゴミ分別のために別にしてここに置いて、それきりだったのだと思う。ずいぶん長い間置いていた。ビニール袋は砂埃を被り、汚かった。子機は相変わらず妙に軽くて、というよりどうやら中の機械が入っていないようだった。なるほど、と僕は思う。
 僕はそれをゴミに出さず、庭へ回って、まず土を掘った。スコップもないので手で掘り、途中爪を割りながら、僕は掘った。そして、その子機をいつかと同じ仰向けに寝かせて、土を掛けた。埋めた。空気を抜くように、何度も何度も手で優しく叩いて、硬く埋めた。
「よだか、よだかの墓だよ」
 誰に声を掛けるわけでもなく、つぶやいた。僕はよだかだった彼女を思う。でもたしかに、僕がよだかじゃなかった頃は、彼女がよだかだったのだ。
「よだか、よだか! よだか!」
 僕は何度か名前を呼び、少し泣いた。それから、墓を離れた。電話をしよう、と思ったから。

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