// 生首に植えて

 恋人におみやげ、と言われて、知らない女の生首をもらった。どこで買ったの、と聞くけれど、ひみつ、としか言われなかった。今時のみやげ屋は、生首も売っているのだなあ、と思った。
 想像してみる。三段棚のすべてに、生首が並べられているのだ。二列ごとに違う顔がある。彼は人差し指を空中でなぞりながら、どれを私は気にいるのだろうと考えながら選ぶ。男、より女だろう。細い顎や、薄い瞼、少し赤らんだ唇が良い。何より恋人が別の男の生首をあげてどうするのだ、と。それからお店の人に声をかけ、目を開いて見てもいいかと尋ねる。妙に愛想の良いおばさんは、微笑んで了承する。大事に扱ってくだされば、そう壊れませんから、と。彼は礼を言い、人差し指と親指でもって丁寧に瞼を開いてみる。すると、日本人の顔だというのに青い瞳があったものだから、彼は腰を抜かしてしまう。ああ、とおばさんはその光景を見て笑う。最近、そうしたものが流行っているんです、ごめんなさいね、驚かせて、タグがありますから、普通のをお求めでしたらそちらをご覧ください。そうですか、と彼はまだ胸をどきまぎさせながら、その首を置く。瞼も閉じる。耳にピアスのように付けられたタグには、日本人・肌色・黒髪・黒目・男、黒人・白肌・黒髪・赤目・女、などとある。彼は迷わず日本人・肌色・黒髪・茶色目の女性を選ぶ。瞳を開いて確認して、歯並びも良いのが気に入ってレジへ運んだ。彼はごく控え目に、すみません、長く居座ってしまって、とおばさんに謝る。いえいえ、大丈夫です、半日居座る人もいましたから、と快活に笑い飛ばされるだけだ。プレゼントですか、ご自宅用ですか、と聞かれるから、プレゼント用です、と答えると納得したようにまた笑われる。そうして緩衝材でできた袋に入れてもらい、さらに生首ぴったりの箱に入れてもらって、赤いリボンを掛けてもらう。隣に青いリボンなどもあったのだけれど、女の子にはこれでいいでしょう、と言わんばかりだった。そうした経緯があったことを彼は口にしなかったけれど、瞳がなんとなくぼやいていた。
 ありがとう、と礼を言うなり、彼は会社へ行ってしまった。その片手にはもう一つ会社のおみやげ用に買っておいたという、白人、金髪の青い目をした男の生首を抱えていた。それも一目見たかったけれど、まあ良い。
 私はまず、さあどこへこの生首を置こうか、と悩む。しかし大抵がひとつしかない。よく日が当たる、出窓だ。今はちょうど何も置かれていない。私は大きめの平皿を受け皿として置き、生首を置いた。良い感じだった。けれどそれだけだと寂しいから、花を添えよう、と思う。花に刺す、頭に刺す、耳に刺す。いくらでも刺す余地はあったけれど、それでは数日で枯れてしまう。思いついて、口の目いっぱい開く。ただ生首なのですぐに口が閉まる。割り箸で支え、癖をつけようと思う。つくのか分からないけれど。その間、外の河原で適当な石を拾う。土も持ってくる。途中の花屋で、ピンク色のデイジーの苗を買う。種では待つのが面倒だったのだ。アパートに帰り、いそいそ割り箸を外す。ゆっくりと戻ろうとするから、やはり長期間割り箸が必要だな、と思った。喉の奥から石を詰め、しかし首の下から出ないよう上手くやり、その上に土を盛る。それから中央に穴を掘って苗を埋め、また土をかぶせた。その間、幾度か歯が手に引っ掛かって傷つけた。作業が終わり次第割り箸をまた挟ませ、じょうろで水を与えた。しばらくして、受け皿に通り抜けた水が広がった。上手くいった。ほっとして、早く恋人に見せたかった。
 一週間しばらくして、花が咲いた。恋人は褒めてくれた。面倒な君が、よくもここまで育てたね、と。うるさいなあ、と言いながらも嬉しかった。しかし育てば育つほど、その小顔の日本人の生首は合わなくなる。どうしようどうしよう、と言っているうちに、彼が新しい生首を買ってきてくれた。次は美人だけれど口が大きめな人で、前よりはましだろう、と微笑んで差し出した。私は大喜びでデイジーを移し替えようとして、だめだった。根がすっかり喉に絡みついてしまったのだ。私はがっかりしたけれど、新しい生首には桜の苗木を植えで、二つ並べてベランダで育てることにした。ベランダの奥だと上手く日が当らないので、不安定ながらも手すりへ。以前よりもちゃんと日差しを浴びている生首たちは、心なしか気持ち良さそうだった。
「悪くないね」
 そうして生首二つは頷くようにバランスを崩し、一階へ落ちて、砕けてしまったのだった。

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