// 携帯をしまう

 向かいのホームに、懐かしい顔が見えた。小学校で別れたきりの友達だ。うんと長かった髪は短くなっていたのは、肩に掛けられたテニスバッグですぐに納得した。向こうはまだこちらに気付いてはいない。
 彼女は携帯を両手で握り、難しい顔をしていた。昔からそんな表情をしばらくしていると唇が突き出て眉間にしわを寄せ始めるのが癖だったのだけれど、今でもそれは同じようだった。思わずくすりと来る笑いをごまかすように、つられて携帯を取り出した。何をするということはない。ただ携帯を言い訳に、何度か画面を通り越して彼女を見ていた。メールを待っているのか、何か問題でもあったのか。表情は変わらぬままで、唇はどんどん鋭くなる。
 いずれどちらの電車もやって来た。結局彼女は一度もこちらを見ることはなかった。それが寂しくもあったけれど、気付いてもらう術なんていくらでもあったのにやらなかったのは私だ。胸を張って、あの頃の私より成長した自分を見せられる自信なんて、なかったのだ。携帯をポケットに戻して、車両に乗る。彼女も携帯から視線を離さずに乗るから危なかった。窓越しに吊革を掴もうとして一度空をつかむのまで見て、私はまた一人笑ってしまいながら席に座る。
 やがて電車が動き出したとき、ようやく彼女は顔を上げた。こちらの車両を見てはいたが、目が合ったかどうかは分からない。しかし、密やかに笑っているように見えた。メールが来たか、解決したか。なんとなくほっとした私の携帯が震える。
「久し振り ぼんやりしてるとき口ぽかーんって開けているの 変わってないね ばーか」
 メールを読み終えて、はっと顔を上げても彼女がいるはずもなく景色が流れていくだけだ。私は何度かメールを読み直した後、返信を打つ。
「久し振り うるさいよ あんたも眉間にしわ寄せたり唇突き出すのやめなよ ばーか」
 推敲のち、メールを送る。
「久し振り うるさいよ あんたも唇突き出したりしておあいこだよ ばーか」
 そして、携帯をしまう。

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