形状記憶少女

// モノクロ・フィルム

 穂高は近所の喫茶店が好きだったけれど、珈琲や紅茶は決して飲まなかった。その店が毎週金曜日にだけ作るクリームシチューがとても好きだったから、欠かさず通っていただけだ。でも穂高が例のごとく写真を撮りに二日三日おもむろに旅に出てる間、転んで怪我したマスターがぼけてしまったらしく急に閉店してしまっていた。穂高はちゃんと金曜に合わせて帰って来たというのに、その愛情の行き場は突然失われたのだ。それでショックのあまり店の前で紙袋いっぱいに入ってたフィルムを落として散らばせてそのまま家に帰り、三日ぐらい泣いた後料理があんまり得意じゃないのにクリームシチューを作ってみてやっぱりあんまり美味しくないからまた泣いて、しょうがないからバイトを募集することにした。ついでにお帰りと言ってくれて、汚い部屋を掃除してくれる人が良いな、と穂高は思って、その旨も書くことにした。穂高の父親が有名な写真家で母親がすこし有名なモデルで、加えて穂高自身すこし有名な写真家だったからお金はいくらでも出します、とさえも。それらをメモ帳に適当に書いて、数少ない友人の編集者に頼んでチラシを作ってもらうことにした。文面に釣り合わない出来の良さのチラシは妙に怪しかったのだけど、知り合いの古本屋の店主に頼み店内に張ってもらった。けれどそんな怪しい煽り文句に募集する人はもちろん、そもそも売れない古本屋のチラシを見るような人もいなくて、そろそろシェフでも雇うかな、といった頃合いに料理学校を卒業していたわたしがおもむろに応募したのだった。
 わたしはわたしで同棲していた恋人と別れることになったのだけど、住んでいたアパートが恋人名義だったせいでホームレスにならざるを得なかった。でもさすがの元恋人もいくら喧嘩別れとはいえ大人だったから、一ヵ月は荷物は置いてやるよ、でも泊まらせない、というよくわからない妥協を見せてきた。料理学校を卒業してすぐ同棲を始めて、働きもせず家でずうっとぐうたら家事をしていただけのわたしが一ヵ月で引っ越しできるほどのお金も仕事もあるわけがない。それじゃあ住み込みバイトだな、と知り合いのつてを探りまくったところ、幸いにも高校のころの男友達が穂高のバイトを紹介してくれたのだった。その彼は小さな出版社に勤めていて、まさに穂高がチラシ制作を頼んだ編集者だったのだ。穂高とは大学で同じ写真サークルに入っていたのだと言う。
「プロの写真家に素人がこう言うのもなんだけど、穂高は写真を撮るのが上手かったよ。人柄はとっつきづらいかもしれないけど、きっとちょうどいい。お前にとっても、穂高にとっても」
 それを笑いながら言ってくれればわたしも笑って馬鹿にするなと言えたろうに、彼はものすごく真面目なトーンで喋るから、わたしは「おう」としか言えなかったのだ。
 でもまあそれで、めでたくわたしは家と給料を手に入れたのだった。始めるまで何もなかったわけじゃないけれど、せいぜい面接という名目で穂高の家に行き、クリームシチューを作っただけだ。その日穂高が気だるげに迎えてくれ、むちゃくちゃ汚い玄関と部屋を通り過ぎて、キッチンまで案内してくれた。キッチンは綺麗だったけれど、ただ使ってないから汚くなりようがない、という感じだった。穂高の母親は料理好きだったのか料理道具は妙に豊富だったので、作るのに困ることはなかった。クリームシチューを作っている間、穂高は後ろの大きなテーブルの席につき、わたしの背中をずっと見ていたのでさすがのわたしも緊張しながら作り終えた。これに入れて下さい、と穂高は唯一器だけ指定して、それに注ぎ穂高に差し出す。穂高は猫舌とは程遠い舌だったので、ためらいなく一口目を食べた。
「美味しいね、アロエさん」
 久しぶりのシチューに思わず涙した穂高にわたしはひどく戸惑いながら、やっぱり「おう」とだけしか言えなかった。彼がわたしを採用したのは、わたしの名前を気に入ったのもあると食べ終わった後に言われた。そこで「わたし採用なんだ」というのと「佐藤アロエだもんな」と思ったのを覚えている。母親が妊娠中、アロエしか食べなかったのをそのまま名前にされただけだから嫌いだったのだけど、穂高は未だクリームシチューを作って一言美味しいと言うたびに、一緒にわたしの名前を呼んでくれた。あ、恋人でも家族でもない人から、こんなに変な名前をちゃんと名前を呼ばれるのってすごいことだな、と思ったのだ。変な名前だからやっぱり初対面の人だとかだと、呼びかけるにも変な緊張感があるか、あるいは名前を読んでくれないのだ。でも穂高はそれが一切ないから、わたしもこれから上手く付き合っていけるだろうっていうのは感じていた。それでいて、恋愛関係にはならないだろうなっていうことも。
 それからずっと一緒に住んでいた。穂高の家はおそろしく広いのに、どの部屋もまんべんなく汚くしていてちょっと驚く。そんなだったし、偏食家でもある穂高は実はよく体調を崩していた。でも体調が悪いのが普段、みたいな感じもあったので、構わず動いていてそのうち倒れる、といったことを繰り返していたらしかった。わたしも存外頭が悪いけれど、穂高も負けず劣らずだった。
「しつれいな」
 穂高はベッドにもぐりこんだまま、やせ細った顔を子どもみたいに真っ赤にして汗をだらだらかいて、不機嫌そうに言った。すっかり風邪を引いてしまって、でももうベッドにい続けるのは暇だったから話し相手になってほしいと言われた結果がこれだ。わたしが優しくない、というわけじゃなくって、穂高の風邪は大抵が自業自得だから優しくないだけだ。
「その格好で言われても、説得力ってものね」
「僕は君よりずっと世界について考えてるよ」
 はあん、と私は笑う。
「たとえば?」
「たとえば、こういう僕が体調を崩したという不幸な出来事も写真にさえ収めなきゃ、しばらく経てばなかったことにできる」
 僕はそれを知っている、といった口ぶりだった。世間知らずのおぼっちゃまのくせに、苦労したこともないくせに。でもそういうわたしも大概で、ちょっと変なことがしばしばあった、ぐらいの人生なのだから胸を張って口に出せるわけじゃない。
「でもやっぱり人生なめてるわ、穂高は」
「なめてないよ、いやなめてるかも」
「なめてるよ安心して」
 穂高は笑わない。元々シチューぐらいのときしか笑わない。
「僕はちゃんと自分が恵まれてて幸せってこと分かってる。でもそれは不幸がないってことじゃなくて、僕にだって僕以外にだっていくらでもある。だから写真ていう記録で、良いもの、というより、良いことだけだけ撮って、まるで良いことしかない世界で満ちたいなって思ってた、常日頃」
 ああ、穂高はやっぱり熱があるんだな、とわたしは思う。穂高はいつもすべてどうでもよさそうな顔をしながら、実はいろんなことを感じて考えて悲しんでいる。だからフィルムが紙袋いっぱいになるぐらい写真を撮っている。でもそれは絶対に口にしないのに、今は言い過ぎているぐらいだ。
「それでね、適当に子供作って、そういう写真だけ見せて幸せな人生歩ませるの」
「どういうことよ……」
「幸せなことしか知らない子どもを」
 作りたい、とそれこそ子どもみたいな口調で言う。
「神様になればできるかもね」
「じゃあ神様にならないと」
 穂高は馬鹿だけど、真面目だ。
「でも穂高は死んでも幸せだけな人間にはなれない」
 むっとする。
「なんで」
 わたしはおもわず笑ってしまう。
「風邪を引いた穂高をわたしは覚え続けてるだろうし、しかもこうやって真面目に初めて話し合っちゃったりしちゃってるからなおさら覚えちゃってる。分かるでしょ」
「ああ、じゃあ君を雇うべきじゃなかった」
 根本的だった。首にはされないだろうけど、すこし悲しくなって、でも負け犬の遠吠え的なものだと分かったからすぐにどうでもよくなった。
「ああ、それじゃあ、穂高は写真をわざわざ全部モノクロなのも、理由があるんだ」
「うん」
 本当に気だるそうだった。もう会話をまとめて、寝かせようと思った。
「昔、テレビだったかな、で見たんだ。ストレスのない夢は、モノクロだって。幸せしかない人生って夢だよなって思って、モノクロ」
「諦めてるじゃない」
「諦めて、ないよ」
「でもそういうのしか見れない子どもは、可哀相ね」
「どうして?」
 穂高は不思議そうだ。
「アロエのあの、きれいな緑を知らないんだから」
「アロエ、嫌いなくせに」
「すべてが嫌いになれるほど器用じゃないから」
 そおかい、と穂高はおじさんのように相槌して、眠った。起きたら穂高はこの会話を覚えているのだろうか。忘れて欲しいとは思わないけど、忘れていてもおかしくないし、忘れたいのは仕方がなかった。穂高は小さく息をしている。
「おやすみ、穂高」
 穂高は眠っている。

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