形状記憶少女

// 自由

「僕は自由だなあ、本当に」
 と隣で彼はいかにもな台詞を漏らす。私はそんな彼を見ない。ただ目の前のテレビを見つめて、両手でぎゅっと兄と同じコントローラーを握って。
「この小さい狭い部屋にいても母親が扉の前に決まった時間食事を置いてくれるし、パソコンで欲しいものを注文すればピザでもゲームでも本でもなんでも届くし、金は父親のキャッシュカードを登録しているから考えなくていい」
 彼は喋り続けながらも、私より上手に敵を倒していた。
「きっとここで糞尿を撒き散らしても両親は怒らないだろうし、他の人間たちだって、そもそもこの部屋が糞尿にまみれたことだって知らないで生きていくだろう」
 テレビには血が映っている。赤すぎる気がした。
「僕は自由だなあ」
 そんな言葉の後ろでずどーん、ごがーん、と効果音のちクリアの文字。私は立ちあがりついで、コントローラーを床に落とした。
「はい、終わり」
 今日も仕事が終わったので、何の躊躇もなく部屋を出る。階段を下りる。母親と顔を合わせる。
「あら、終わったの」
「うん」
「お兄ちゃんは、今日も元気だった?」
「うん」
「機嫌良かった?」
「うん。ゲームで勝っていたから」
「そう、よかった」
 はい、と千円札を差し出されたのでしっかりと受け取る。気が向いたとき一時間、兄とゲームするだけの簡単なお仕事です、など。しかし母親の笑顔は思い通りの結果を得たという満足感に満ちていた。そして父親が仕事から帰って来次第また同じ会話を繰り返して、きっと同じ笑顔を見ることになるのだろう。
 兄は気付いていないのだ。両親たちに、自由とよく似た何かの中に押し込められていることに。外への自由を求めた途端、きっと両親たちは全力でそれを止めるだろう、ということに。
 ――でも外へ自由を求めようなどと兄はしないだろうなあ、なんせ必要がない、すでに内側で満足しきるように教育されすぎてしまったのだ――
 でもある日部屋に入ったら糞尿まみれの床や壁や兄がいることを想像してみて、ちょっと笑う。きっとこの千円札はそんないつかの兄の糞尿でできているのだろう、などと。笑う。

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