// ながいかみの女の子

 髪を切った。幼いころからずっと伸ばしていて腰まであったので、さすがに色んな人に驚かれた。友達も、先生も、親ですら驚いた。でも似合っていない、とは言われていないので、さしてひどいわけでもないと思う。いつもはっきり言う弟も、悪くないね、と言ってくれたし。
 ただ、いまだちょっと不思議な感覚だった。今まで長い間付き合ってきた私が変わったのだ。鏡の前に立つたびびっくりするし、くしで梳かそうとしてもどきっとする。ちょっとした動作でもうあの長い髪がなくなったことを思い知らされるのだ。たぶん、好きだったのだと思う。ロングヘアーだった自分じゃなくて、髪自体が。私と切り離しても、それはもう私だったのだ。だからばっさり切られた髪も美容院からついもらってしまったし、大事に部屋の棚に仕舞ってある。ちょっと気味が悪いと思わなくもないけれど、それを置いてもこよなく愛しい。
 しかし髪型が変わったからといって、大きく生活が変化するわけでもない。今日もけだるく、誰も来ない図書室でクラスメイトの篠沢くんと当番をしていた。本をそろえたり、ちょろっと読んだり、居眠りしたり。そのまま時間までやり過ごそうとしていると、篠沢くんが今日初めて声を掛けてきた。
「振られたの?」
「誰に?」
「愚問だね」
 篠沢くんは、爽やかな笑みで言う。まあ、たしかに愚問だ。ちょっと遠まわしに話したくないことをアピールしたつもりだけれど、彼がそんなことを了承するはずもない。
「うん、先生に振られた」
「知ってる。今日の君を見たときの先生の顔、面白かったし」
「ああ、見てなかったなぁ……残念」
「うそつき」
 篠沢くんはやっぱり笑う。見たくなかったんでしょ、とわざとらしく声を潜めて。ああ、まったく、その通りだ。先生の顔など、もう見たくない。恥ずかしくて死にたくなる。わかりきっていたのに告白して、振られて、でもまだ好き。ただそれだけなのに、なんでこんなに恥ずかしいのか、自分でさっぱりわからなかった。
「それにしてもベタベタな人だね、君は」
「うん?」
「振られたから髪を切る。ベタベタ。ベタベタすぎてもう誰もやらないでしょ」
「私はやったけどね」
「馬鹿だね」
「馬鹿です」
 あーあ、と篠沢くんは言う。
「長い髪好きだったのに」
「たとえば、どんなところが?」
「……三つ編」
「……三つ編フェチ?」
「違う。三つ編をほどいたあとの、ゆるいウェーブが好き」
「ふーん?」
「せっかく反応してあげたのに、つまらなさそうだね」
「もっと奇怪な答えを期待してたの」
「僕は普通だ。でないと、ベタベタな君なんて好きにならないよ」
 ちょっとだけ、沈黙。そして、私は口を開く。
「なんていうか、篠沢くんの告白には、やたら慣れてしまった。だって図書室の当番のたびに言うんだもん」
「初めて言ったときは、耳だけでも赤くして慌ててくれたのにね」
「そうだねー」
 また、ちょっとだけ沈黙。もう私が思い出すことも、話すこともない。寝る体勢をごそごそ作っていると、篠沢くんが小さく尋ねてきた。
「先生と僕、何が違うのかな。兄弟で顔も似てるのに、なんで僕じゃだめなのかな」
 たぶん私は、その答えを知っていた。先生は長い髪の私、篠沢くんは短い髪の私。無償に愛せるものと、どうしたってそのままにしか受け取れないもの。そういう違いだ。でも私にそんなことをうまく伝えられない。だから、どうにかごまかした。
「……さあ。私もできるなら、お手軽に篠沢くんを好きになりたかったよ」
 ひどい答えだ。眠い頭でそう返すと、篠沢くんはいつもより低く小さく、笑う。そして、つぶやいた。
「僕も髪、切ろうかな」

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