// Human of nothing

 いったいどこまでが人間であれるのでしょうか、とひつじは問うた。私は首をかしげる。ひつじがなぜしゃべれるか、わからなかったからだ。質問なんてどうでもいい。なぜひつじがしゃべっているのだ。ひつじ黙れよひつじ。おまえはメェメェ鳴いてりゃいいんだよ、と。でも初めて生でみたひつじがちょっと気になって、思ったよりくるくるした毛をなでたりした。ひつじは表情を変えることはできないのか、無表情でまた問うた。
 いったい、どこまでが人間でしょうか。たった二度目だったけれど、しつこいなあ、と思ったので、少なくともおまえは人間じゃねえよ、と返した。そうなんですか、とやっぱりひつじは無表情に問うた。そうだよそうだよ、てめえはどっからどうみてもひつじだろ、と。ひつじはちょっとだけ首を曲げた。たぶん、首をかしげた。おかしいですねえ、とちょっと間延びして言う。何がだよ、と私は面倒くさがりながらたずねた。ひつじは言う。
 だって、わたしは喋ることができますよ。こういった疑問を持つことができる脳みそも持っています。それでも、人間じゃないんですか。ひつじは、本当によくわかってなさそうだった。私は馬鹿なひつじだ、と思った。だから、てめえ鏡見てからそんなこと言えよ、と耳をつかんで言ってやった。ちょっともっふりして、気持ちがよかった。鏡がありませんから、見れません、なんつー答えを返したひつじはちょっといらついた。ですがしかし、とひつじは言う。わたしが動物の羊の姿であるのはよくわかります。私は返す。わかってんじゃねえか。ひつじはさらに返す。ええ、では、あなたは人間でしょうか。
 私はうなずく。迷うことなくうなずく。私は人間であるからだ。口に出して言ってやった。腕も手も毛も腹も胸も顔も全部人間様だばかやろー、と。ひつじはまた首をかしげやがった。そうなのですか、では、人間でなくなるところまで見てみたいです。
 はあ? と、言ったとき、両手の指がぽろっと取れた。なんというか、あーそうそう、これもともと接着が弱かったのよね、みたいな取れ方だった。いや、でも私の指の接着はそれほど弱くなかったはずだ。しかも全部の指だったので、ちょっとめまいがした。おい、ひつじ、てめえ今なにした、耳も何もつかめねーじゃねーか、と叫んだ。手のひらでひつじをばしばし叩いたが、ひつじはちっとも痛そうじゃなかった。うぜえ、と思った。ひつじは言う。まだ人間でしょうかね、と。ならばと言う感じになったとき、次は私の足がなくなった。なんかもうひつじは面倒になったのか、太ももまでまるごと、二本ともぽろりだ。つーかどさっ、という感じで私は倒れざるを得なくなった。頭いてえ、頭打った。次は思いっきり蹴ってやろーと思ったのに、蹴れねーじゃん、というのをまず思った。さっきよりショックは少なかった。たぶん夢だし、平気平気、ってな具合だった。
 ひつじはまあ、私が寝ざるを得ないからだけど、見下して続ける。まだまだですかね、と言う。うっせ、うっせ、死ね、まだまだ人間様なめんじゃねーぞ、とか私も無駄にけんか売っちゃう。買われたわけではないだろうけど、今度は首だけになってしまった。体とか足は邪魔になったのか、どっかに消えた。なにこれスッキリしすぎでしょ、すげーなんか面白い、とげらげら笑う。近づいてきたひつじの前足を無駄に噛んだりしちゃう。かてえよひづめ、ひづめかてえー。ひつじも別に痛くなさそうだったから、やっぱりやめた。まだまだ人間ですか、とひつじは問う。なめんなー、目が落ちても鼻が落ちても耳が落ちても人間様よ、と叫ぶ。声帯ないのになんで叫べるんだろ、とか気にしない。だってひつじしゃべってるし。そしたらひつじもなんか乗り気になっちゃって、なるほどなるほど、つまり、脳みそが人間なのですね、とか勝手に結論出してる。だから私は結局脳みそだけになった。見えない聞こえない、でも考えることができるってすっげ暇じゃね、って思った。ひつじはなるほどなるほど、とかまた言っている気がする。これで人間が終わるのですね、とさっき私が噛んでいたひづめで脳みそをふみつぶそうとしちゃう。もうどうでもいいや。

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