// 血なる肉なる西瓜種

 妹が病にかかった。夏に食べたスイカが原因らしかった。
「おかあさん、口から芽が生えているの」
 妹が泣きながらつぶやいたのは、もう夏が終わるころだった。母は呆れながら妹のごっこに付き合うように、じゃあ口を開けてごらんと中を覗き込んだ。私も続けて覗いた。前歯が二本抜けた妹の口の奥から、緑色がひょこりと見えた。
 たまに、いえ、まれにいるんですよ、と医者は言う。
「スイカの種を飲み込んで、それがたまたま心臓にたどりつく。大概はそこで血管に詰まり死んでしまうのですが、時としてそれは心臓に根を張ります。そして栄養を得続け成長し、それらは指先から頭の天頂からどこまでも張り巡らせる。これが数日以内なら対処できたんですが、数週間経っています。もう、末期です」
 首を振る。私はそのときつい、医者を殴った。子供の力だったので傷一つつかなかったが、驚きと慈愛の表情を医者は見せた。いらついた。あのとき、彼は怒るべきであったのだ。怒りを関係のない医者にぶつける私を。他はすべて、私が怒ってみせるから。
 妹は次の日から入院することになった。といっても、大したことはしない。症状を遅らせることも治すこともできないからだ。ただひたすら、安らかな日々を送れるように祈ることしかできないのだ。日差しがよくあたる部屋で、妹は私を呼ぶ。
「おねえちゃん」
 この病は幸い、痛みがない。本人の感覚は今までと変わらないのだ。ただ見た目は恐ろしく変化する。葉緑体で肌が全体的に緑色になる。血管が浮き上がる代わりに、根が浮き上がる。そして飛び出た根から茎と葉が育ち、つぼみを作り、花を咲かせる。妹は口から花を咲かせていた。声などに違和感はないけれど、すこし邪魔そうではあった。
「別に死にやしないって、先生が言ってた。でも、一生付き合っていかなきゃならないとも」
「一生この姿でいるの」
 私の問いに、妹はためらわない。うなずく。
 その間にも妹の口の植物はもぞりと動き、勝手に私の首にかけていたヘッドフォンを奪ったりした。せめて意思を持たなければ……と思ったが、それでもどうしようもないことに変わりない。
「ごめんね、悪い子じゃないの」
 まるでもう一人兄弟ができたかのように、その葉をやさしく撫でて、おねえちゃんにヘッドフォン返してあげて、と言う。植物はするりするりとヘッドフォンを床に置いた。代わりに、その近くにあった妹のリハビリ用のダンベルを持ち上げ、満足げに上下させる。
「名前でも決めてそうなぐらい、仲良くなったのね」
 嫌味か、なんなのか、自分でもわからない台詞を口にした。妹は笑う。
「名前は考えてなかった。何が良いかなぁ。やっぱり、スイカだからスイカでいいのかなぁ」
「名前なんて付けるもんじゃない。こんなばけも」
 の、は言えなかった。私の顔の真横を、ダンベルがすごい勢いで通ったからだ。気付いた瞬間には、後ろの壁にダンベルがめりこむ音が響いた。顔から血の気が引いたが、それ以上に妹は青ざめた顔をしていた。妹の意思とはまったく関係ないことは分かっている。ただ、怖かっただけ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「あんたのせいじゃない」
「……スイカが実るまで、実るまでの我慢なの。そうしたらきっと……」
 言っている意味がわからなかった。ただ必死に謝ろうとしているのだとは思い、なんとなく頷いた。その意味が分かったのはさらに一ヵ月後、妹が死んだあとだ。スイカがおそろしいスピードで実ったころ、とうとう妹の心臓は植物の根に侵されすぎたのだ。そもそも、妹のような幼い子が二カ月ほどでも耐えきれていたのが奇跡だったのだと医者は言う。私はその時、また医者を殴った。
 妹の死体はすぐに火葬にかけられたが、骨すらも植物に侵されていたのですべて燃えつくしてしまった。ただその前に収穫しておいた小さなスイカを、私と母と父は、その晩ひっそり食べつくした。
「これでもう本当に、なくなっちゃうんだね」
 私は言ったが、母と父は何も言わなかった。これは正しいのだ。スイカなんて腐ってしまうものを妹として残しても仕方がない。しかしせめてでもと、ふたりは丁寧に一粒一粒、種を取り除いて高級そうな布に包んだ。私も種を吐き出しながら、食べ進める。
 残念ながら、妹のスイカはとても不味かったが、季節はずれなのだから当たり前かもしれない。もうこんなまずいスイカは食べたくないなあ、でもそもそも母はもう買ってきてはくれないだろうなあ、そして私もあったところで妹を思い出して食べることができないだろうなあ。
 そんなことを一通り考えた私は種を一粒だけ口の中に残して、飲み込んだ。血となり肉となれーと祈りつつ、芽など生えぬよう、しっかり噛んでから。

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