// 直角九十度の愛情

 目の前の小柄な少年は、とても首が細かった。私は、首に巻きつけられた首輪のせいなのかな、と思う。赤くてごついそれは、少し彼には不似合いだ。その数歩後ろを歩く母親が手綱を握っている。
「ねえ、あれいいのかしら。首がしまっちゃう」
「何がだい」
 隣にいた恋人の裾を引っ張って尋ねると、何が不自然なのかさっぱりわかっていない調子で返された。あれよ、と声を潜めてあごをやる。首をかしげながらも、ああ、と納得した。
「そりゃ、子供だからつながれるだろう。君の首にもあるじゃないか。ほら、そのピンク色の可愛らしいやつがさ」
 と、笑う。私は横のウィンドウで確認する。たしかに私の首には、細いピンクの首輪が巻かれていた。多少飾られているものの、たしかにそれにつながる紐は空へ伸びていた。
「これはどこにつながっているのかしら。なぜつながっているのかしら」
「そりゃあ、君の母親のところにだろう。親は子供を見ていなきゃならないからね」
「空からのびているのに?」
「空にある棒にひっかけてあるんだろう。あの子供みたいに小さければ短くても大丈夫だけど、大人に近づけば行動範囲が広がるからね。ま、君もさ、僕のように大人になればこうして自由になれるよ」
 少し自慢げにマフラーをずらして、その自分の首を見せた。
「そう」
 適当に相槌を打ちながら、私は視線を追う。そのまま、その青い線をつたうと、案外近い場所に元はあった。ひっそり、彼とよく似た目元の中年女性が、青い手綱を握ってこちらを見ている。
「でも、親からしたら、子供はいつまでも子供なのよね」
 もう隣から答えはない。影を見る。彼の影は浮かび、揺らぐ。もう遅かったようだ。空からまっすぐのびる線から、視線を離した。

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