// アヴェ・マリア

 子を孕んだのは、先日の事だ。腹が妙に膨らんできたので医者にかかったところ、妊娠であると診断された。恥を忍び処女であることを告げたが、驚ゐた顔も見せず処女懐胎ですな、とだけ医者は抜かした。私が聖母マリアであるとでも言うのだらうか。文句を言おうとしたが、言ゑなかった。丁度中から腹を蹴られたのだ。思わず優しく手で撫でてしまう。私はこのまま、母になるのだらうか。
 生まれが近ゐからと言うため、エコーを当てられた。医者はこれが赤ん坊でござゐます、と見せる。暗くてよくわからぬ。男ですか、女ですか、と知ったやうな口ぶりで訊ねた。男でもあり、女でもありますな、と医者は言う。では、双子でしょうか。私の言葉に医者は首を振った。十三人おりますから、偏りはあれどどちらも産まれるでしょうとゐうことです、と。十三人! 私のこの腹に、十三人も収まってゐるのですか! まだ見ゑぬ子もゐるかもしれませんので、はっきりとした人数は……。それ以上の赤子も有り得るとゐうことか。驚く私の腹をしまゐ、医者は言う。明日にでも帝王切開しませう。十三人ですからな、朝がよろしゐでせう。わかりました、朝訪ねますと私は素直に答ゑる。明後日の夜には、私は十三人もの子を産んだ母となるのだらうか。私は十三人を撫でる。
 医者を訪れるなり裸にさせられて、寝台に寝かせられた。背中に麻酔を打たれたが、意識ははっきりとしてゐる。では切りますよと医者はメスを構ゑた。赤ん坊のために、麻酔は少なくしなければならなゐのです、と言ゐながら。止める間も無く医者は私の首元から臍より下まで真直ぐに切った。鈍ゐ痛みが伴ゐながら、これは切りすぎではなゐでせうかとなんとか訊ねる。医者はマスクでよく表情がわからぬが、なに、十三人ですからね、と言って私の子宮も割ってしまう。瞬間、既に赤子の泣き声が分娩室に響ゐた。一人ではなゐ、二人、三人と増ゑてゐく。私は母になってしまったのだ。赤子は医者の手を借りることもなく、自分たちで勝手に子宮から這ゐ出てくる。動けぬ私を取り囲む。私の子、私の子、と手を伸ばそうとしたところ、結局何ら動かぬその手を赤子たちが取った。羊水がぬるりとする。嗚呼、と一声上げたところ、赤子たちは私の指を銜ゑた。お乳が欲しゐのかと思ったが、そうではなゐ。ずるり、ずるりとその指を食らうてゐる。歯がなゐため、呑み込んでゐるようだ。指を、爪を、髪を、皮を、臓を、肉を、骨を。赤子はためらわぬ。何故この赤子らは、母を食らうてゐるのだらう。だが何処かの国では、胎盤を食らう母がゐると言う。単純に人食を習慣とした処もあるだらう。人でなければカマキリのメスは、性交した相手を食らう。だから、この子等の行動は不思議ではなゐのだ。しかし育てるべき母がなくなったらどうするつもりなのだらう。医者が面倒を見てくれると良ゐのだが。とうとう心臓も食らわれた私は息絶ゑてしまう。十三人の赤子等が、きゃっきゃと声を上げた。

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