形状記憶少女

// 寄り添う

 今でもよく覚えている。小さいころ、日曜日の深夜にやっていたちょっと洒落た映画。ブラウン管に映った人形が、とても美しかった。うっすらとした記憶の中、外国の愛らしい少女に抱かれ日本人形。少女の金髪と人形の鈍く光る黒髪が絡み合ったところが、ひどくミスマッチで、印象的だった。ああ、あんな人形が欲しい、と幼いわたしは眠りながら考えた。
 次の日、すぐに母に、父に、祖父母にねだった。日本人形が欲しいわ、高くなくったっていい、でもね、とっても長い黒髪をした子がいい、それもとびっきりに美しい奴。一人っ子のわたしにとてつもなく甘い家族達は、すぐに高い人形を買い与えた。事実それはすごく美しかったし、可愛かった。けれど、気に入らなかった。
「いやだわ、これ」
「あら、どうして。これ、有名なところで作られていてね、一生人形の持ち主――あなたを守ってくれるっていう人形なのよ。それにとっても可愛らしい人形じゃない。黒髪もあなたにそっくりで、とってもすてきよ」
 わたしの髪を愛おしそうに撫でながら、母は言った。わたしはその手を払って鼻を鳴らす。だって、映画とはまったく違う。この子もとても美しいけれど、あの人形には負けてしまう。一体何がいけないのかしら! わたしは当てつけようのない憤慨を小さな胸に収めた。しかし原因は自分が一番ようくわかっていたのだ。あの少女が持っていないと、その日本人形の美しさは意味がないことを。
 おろおろとしている母親を横目に、床へ人形を投げつけた。人形は勢いよく、跳ね上がった。そのあと、まだいらついてたもんで子供だというのに――いや、子供だからこそ、その残酷さを余すことなく使い果たした。
 台所から母の愛用していた包丁を取り出し、その人形の首に刃を当てた。背筋が震えたのが面白かった。母の息を飲む音がどこまでも近くに聞こえた。止めなければと、母は思っていただろう。けれど母が手を伸ばして行為を止めさせる前に、心臓を高鳴らせながら、包丁に体重をかけた。手に硬い感触が残った。
 今ではそんなことも懐かしい思い出に留めていた。なぜこんなことを思い出したかと言うと、できちゃった結婚のため部屋を整理していると、首のない日本人形が出てきたからだ。懐かしい、とわたしは思わずそれを見て微笑んだ。狂気に満ちた子供時代だった、と思う。そういえば、そのあといくら探しても首は見つからなかった。
 でも、今はもうどうでもいい。産婦人科の待合室のソファに座りながら腹を撫でて思った。わたしの大切な赤ちゃん。可愛い赤ちゃん。日本人形なんか目じゃなくって、首もちゃんとある、すてきな赤ちゃん。あと一人行けば、わたしの番だった。
「ん」
 お腹が鳴った。お腹が空いたときとか音ではなく、何か異物が混じったような鈍い音。突然現れたみたいだった。途端に激痛が走り出す。痛い、痛い、痛い痛い痛い。ぐううううう、と唸ると近くにいた看護師さんが慌てて駆け寄った。どうしました、大丈夫ですか、そんな声も遠く聞こえる。眩暈がしてきた。
「その、お腹に何かが、入って」
「大変」
 慌てて病室に連れて行かされた。触診が行われ、意識が朦朧としてくる。医師が何を言ったかよくわからなかったが、とにかく手術がすぐに行われることを知った。部分麻酔でお腹だけ感覚がなくなる。だが痛みは大分マシになったが赤ちゃんのために麻酔は少なめだったため、鈍痛が続いた。ほっとしたには変わりがないが。メスで腹が開かれる。そして、何か硬いものがぬちゃぬちゃと嫌な音を立てて取り出される音がした。
 先生、とか細い声で訊ねた。一体、何が入っていたのですか、と。先生は、渋い顔をして見せるべきか見せないべきか迷っているようだった。お願いです、心配なんですと再度追うように告げると、仕方なさそうにそれをみせた。わたしの顔がさあっと青く染まるのを感じた。
 人形の首が、血に赤く染まっていた。

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