// 彼女の日常

 「ポストの中に包みが入っていた」「ありがとうございます」。  彼の差し出す包みを受け取り、頭を下げて礼を言う。毎日のことなので、彼も慣れたように「いや」と首を軽く振って去った。今日の配達物は、小さな包みのようだ。ちょこんと手の平に乗せれる程度の、軽いやつ。このような贈り物をする友人はいなかった。というより、私に友人はいないというほうが適切だろう。その包みにはなんら特徴はない。切手も住所も名前も何も書いていないことが、むしろ特徴だろう。
 私は部屋に入るなり、ぽいと隅にそれを投げた。軽い音を立てて落ちる。部屋の隅には似たような形の、けれど大小大きさのみが異なる包みの山があった。新しい包みのせいで、すこしそれが崩れる。だけれど私は気にしない。一番古いらしい包みが外から色褪せて、腐臭を放つようになっても、だ。いずれまとめて捨てようと思う。
 やれやれと腰を下ろすと、電話が電子音を放つ。反射的に受話器を取ると、作業的な女性の声がした。「ファックスを、受信します」。たしか昨日あたりで、既にファックスの紙が切れかけていた気がした。もし重要なことだったりしたら申し訳ない、と思いながら、吐き出される紙を見た。達筆な筆文字で、死ね死ね死――そこで紙がなくなったらしく、文字は止まった。また電話が鳴って、作業的な女性の声が紙がなくなったことを告げる。紙を買いに行くのは面倒くさいので、そのまま電話を切った。
 部屋は、しんと静まり返った。これがあるべき部屋の姿だ、と私は満足して寝転がる。ちょうど心地よい眠気が襲ってきたので、それに逆らうことなく眠った。が、それを阻止するのかのように、ドンドン扉がうるさい。借金取りのヤクザが叩いているような乱暴さだ。だがあいにく、借金は誰にもしていない。ヤクザとも縁はない。知らない誰かが、誰かと間違えているのだろう。私は寝れないにしろ、身体だけでも横にしてまぶたを閉じる。扉を叩く音は、徐々に大きくなる。何か武器でも使っているような金属音も加わった。もうそろそろ、ご近所さんに迷惑だろう。私はのっそり立ち上がり、玄関に行った。インターフォンなどという洒落たものは、このアパートにはない。一応申し訳程度にかけておいたチェーンを外し、「すみません」と扉を開いた。外には誰もいなかった。
 きっと相手が気付き、慌てて帰ったのだろう。よくわかる。私も間違い電話をしたとき、うっかり謝ることなく無言で切った覚えがあった。そんな感じだろう。やれやれ、とまたチェーンをかけて扉を閉めた。部屋に戻って床に倒れこむと、何秒と数えることなく眠れた。
 ぱっと目が覚めると、カーテンの閉められていない窓は夜空を映していた。すこし慌てて起きると、身体にかけられた毛布がずれる。はて、毛布などかけて寝ただろうか。まあいい。扉と窓が閉まっていることを確認して、また寝た。閉めたはずの窓の鍵が開いていたが、まったく人の記憶というのはあてにならないなと思っただけだった。反省は、していない。
 また朝がやってきた。というより、私が起きる時間は既に昼過ぎだ。軽く扉を叩く音でようやく目覚める。「はあい」と間抜けな寝起き声で慌てて出た。いつもの彼が「今日は手紙だ」と差し出す。今日は暑いせいか、半袖を着ていた。下は何も履いていなかった。でも見た目で人を判断することは、何より失礼なことである。私は彼の行動を素直にありがたいと思い、お礼を言う。彼は首を振って去っていった。彼はいつもどおりの完璧な行動だった。いや、毎日行動が洗練されていってるように思う。いつもそれを受け取る私ですら、気を使わない限り、封が一度開けられていることなどわからない。職人か何かかもしれない。今度名前でも聞いてみようか。感心しながら部屋に戻ると、ぴったり合わせたように電話が鳴る。
 私のいつもどおりの一日が始まった。

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