// だって私は、

 私はキイを押す。キイが弾かれる軽い音を聴いて、恍惚に浸り、スペースキイを押す。素敵な漢字を見つけて、気が狂ってるみたいに喜んで、エンターキイ。
 エンターキイの形は素晴らしい。キーボードの機種によってちょっぴり違うけど、私の愛しいエンターキイは長方形の一部が切り取られたみたいなエンターキイ。
 キイを押しながら、私は画面を見ない。キイボードをじいっと見つめる。透明なカバーのかぶさったキイボードを、じいっと、じいっと。私の指が踊るキイボード。ここが私の舞台。女優みたいに明るい照明が射すわけでもなく、ただウインドウの目が痛くなるような眩しさだけが頼りのような、薄暗いそれ。
 カタカナがやってきた。F7キイの出番だわ。私は一瞬一瞬を大切に、F7キイを素早く押す。一瞬のカタカナ。たまに上手くいかなくて、F8キイを押してしまう。すると半角カタカナがひょっこり顔を出して、私はあなたの出番じゃないのよとバックスペースキイを押す。トントントン、とみんな消してやる。
 バックスペースキイは、私の一番の親友だ。たまに私は、ウインドウに映るすべての文字が憎くなるのだ。私の頭の中からキリキリ甲高い音で生み出されたそれを、私は、消したくなるのだ。だからバックスペースキイを使って(右クリックで全部反転させて削除、なんてナンセンスなことはしない)鼓動を打ち消すように真っ白に。美しい白。私の不細工な顔が映るくらい。黒より淡く映るから、まだましだけど。でもそんな白をじいっと見つめてると目が痛くなって悲しくなるので、右クリックして元にもどすをクリック。ぜんぶ元通り。
 結局私は生産から逃げることはできないのだ。だって私は、作家だから。

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