形状記憶少女

// 佐藤くん

 佐藤くん。わたしと同じ小学生。わたしのクラスメイト。まつげが周りの子よりちょっぴり長くて、体も腕も細くて、きっと美しいのだろう佐藤くん。美しいという言葉の意味をよく知らないわたしは、使うべきか迷いながらも使ってしまう。それぐらい「美しい」という言葉がしっくりくる佐藤くん。
 佐藤くんには友達がいない。わたしはただのクラスメイト。他の子たちより佐藤くんとよく喋るクラスメイト。それを大人も友達もみんなひっくるめて、友達の関係であることを言う。でも友達という言葉を意味をよく知らないわたしは、それを否定する。隣に佐藤くんがいてもである。わたしは妥協を許さない。そうすると佐藤くんはすごく悲しそうな顔をするのだけど、仕方がないのだ。でも何故だか、そういうことを言った後にごめんねと謝ってしまう。仕方がないことではあるのだが、悪いことでもあるのだ。わたしはその辺はちゃんとわかってる。
 佐藤くんは母子家庭である。この言葉はよくわかってる。とてもシンプルでわかりやすい言葉だからだ。お母さんと子どもだけの家、という意味。佐藤くんのお父さんは最初からいないらしい。だが、別に何の問題もない。佐藤くんはここにいるし、佐藤くんを育ててくれるお母さんが家にいる。それでいいのだ。たまに服から覗ける青あざも、きっと何の問題もない。
 佐藤くんの下の名前はちゃんとある。でも佐藤くんの下の名前はとんでもない。読みも漢字も格好いいのだけど、佐藤くんにはまるで似合わない。ゲームの登場人物にでも出てきそうな、ぶっ飛んだ名前なのだ。最近の子どもによくある、当て字のせいらしい。当て字っていうのは本来の読みにそぐわない漢字なのに、無理矢理そう読ませちゃうらしい。幸いわたしは普通の読みだ。というか、ひらがななので他に読みようがない。そんでもって、佐藤くんはやっぱり佐藤くんという呼び名がぴったりなのだと思う。だから、佐藤くんはいつまでも佐藤くん。
 佐藤くんと話をした。いつものことである。
「今日は身体測定の日でしたが、佐藤くんはいくつだったでしょう」
 佐藤くんの身長と体重を聞く。佐藤くんは素直に答える。わたしの身長よりずっと高い。でも体重はちょっとしか違わない。
「佐藤くんはもっと太るべきだ」
 そういうと佐藤くんは困った顔をする。脂肪のついてない、痩せ細った顔でへらへら笑う。まったく気持ち悪い。佐藤くんの顔は美しいのだけど、そういう変な顔は好きじゃないのだ。
「佐藤くん、その笑い顔はやめなさい」
 ぴたりとやめる。困った顔をやめると、佐藤くんは無表情。どういう顔にすればいいのか迷いながらも無表情。すると、すっと冷めた感じになる。磨かれた大理石を触るみたいに、ひやっとした感触。ただそうすると、佐藤くんは佐藤君でなくなってしまう。悲しいことに。佐藤くんはやっぱり佐藤君であるべきなので、わたしは言う。
「佐藤くん、やっぱり笑ってください」
 佐藤くんは無表情をやめるけど、笑わないで不思議そうな顔をする。佐藤くんだ。
 佐藤くんはときどきつらそうな顔をする。ふとわたしが目を離したすきに、サラリーマンみたいな疲れた表情。そういうときは佐藤君に言葉をかけることがはばかられる。だから何にも言わず後ろからぎゅーっと抱きしめたり、すこし長めの髪で包まれた頭をぐしゃぐしゃと撫でてあげる。そうすると佐藤くんは不思議そうな顔をしながらも、嬉しそうにする。なんだかそれがしゃくに障るので、わたしは佐藤くんの青あざをつんつんと指で触る。つっつくたびに小さく震える佐藤くんは、すこしかわいい。怯えた目も何かそそる。私に何かから目覚めさせた佐藤くん。ちょっと、好き。
 佐藤くんが髪を切った。女の子みたいに長かった髪は、今はとっても短い。でも丸坊主とかじゃなくて、ところどころ変に長かったり短かったりする。わたしがお人形さんの髪を適当にハサミで切ったら、きっとこうなるのだろう。そんな感じ。どうもお母さんに切られたそうだ。佐藤くんのお母さんはぶきっちょなのかもしれない。顔を赤らめながら、佐藤くんは小さい手で必死に頭を隠していた。丸見えなのに。しょうがないから頭をぐしゃぐしゃ撫でてあげた。でも佐藤くんは嬉しそうじゃない。ずっと恥ずかしそうにしていた。かわいい。
 佐藤くんと知り合って、多分二年ぐらい。もう二年。まだ二年。わたしの中ではもう二年。だってわたしの人生の何割かを占めてしまうのだから。でも佐藤くんとの関係は、何にも変わってない。わたしも佐藤クンも何も変わってない。でも最近佐藤くんの青あざが増えた気がする。まあ、何の問題もありませんが。
 佐藤くんは泣くとき、ものすごく激しく泣く。そうそう泣くことはないのだけど、一度泣くと止まらない。本当に止まらない。ずーっとわーわー赤ん坊みたいに泣き叫んで、疲れるとすこし落ち着いて泣いて、体力が回復するとまたすぐに泣き叫ぶ。佐藤くんが佐藤くんじゃないようだ。でも根底は佐藤くんだ。だからわたしはずっと隣でそれを聞いている。本でも読みながら、BGMのように。時間が経つと彼は疲れ果てて寝てしまう。その佐藤くんの隣で、わたしは本を読み続ける。
 佐藤くんが死んでしまった。佐藤くんはお母さんに殺されてしまった。なんでも、理由は「疲れたから」だそうだ。うむ、シンプルイズベスト。少なくとも難しい言葉よりは分かりやすい。疲れたので殺しました。作文用紙を何枚も埋めずとも、すぐに理解できる。だからわたしは、殺したことに反論できない。仕方がないこと。悪いことなんだけど、仕方がないこと。うむ。
 佐藤くんの葬式に出た。っていうか、クラス中で出た。みんな黒い格好で、しんみりっていうか何が起こったのかよくわからない顔で、俯いていた。わたしも一緒にうつむく。すると視界のすみで隣の子が、インタビューを受けてるのが見えた。片田舎で起こった事件が、きっとテレビには面白いんだろう。
「××(わたしの嫌いな佐藤くんの下の名前)くんはどんな子だった?」
「静かだったけど、いい子でした」
 わたしは腹が立つ。佐藤くんと一言二言しか話してなかった子が、佐藤くんのことをちょっとは知ってましたよ、というふうに言うのが。佐藤くんのことを何も知らなかったくせに。ただ佐藤くんの美しい顔ばかりのくせに。インタビューの人はその言葉にうんうん頷きながら、続いてわたしに声をかけた。
「××くん、どんな子だったかな?」
「……あなたみたいな人も許してくれる、優しい子でした」
 インタビューの人は、ぽかんとわけのわかってない顔をした。変な顔。佐藤くんは本当に優しい子だった。自分の命すらかけて、お母さんを守った優しい子。そしてそのお母さんを悪者にしようとする、インタビューの人も許してくれる、優しい子。でもきっとわたしは許されない。ごめんね佐藤くん。
 佐藤くんはとうとうテレビデビューしてしまった。佐藤くんの美しいんだけど写真うつりの悪い顔が映っていた。そのあと、だらだと葬式のときのインタビューが流れる。さすがにわたしのインタビューは映らない。それを見たお母さんが、ためいきをついて言った。
「これ、あなたのクラスメイトでしょう。佐藤くんだったかしら」
 そう、佐藤くん。わたしは頷く。下の名前で呼ばれなかったことに、ちょっと安心しながら。お母さんは話を続ける。とにかく話し相手が欲しいんだろう。お父さんが最近構ってくれないから。まったく困ったものです。
「あの子、声が出せなかったんでしょう。だから育てるのが大変だったんですって。だから……ああ、そうだわ。虐待を通報したの、結構若い女の子らしいわ。同じマンションのね、鈴木さんとこの旦那さんがそこに勤めてて、ソレの電話取ったらしいの。一体誰かしらねえ」
 わたしは適当に頷く。でも頭の中だと、普段はしない舌打ちの嵐だった。失敗したなーと。通報するなら、もっとちゃんとすればよかったな、とも。佐藤くんの美しい体に痕がつくのが耐えられなかったのだ。っていうのは建前ですが。見てられなかった。うん、見てられなかった。それです。佐藤くんのお母さんよりシンプルではありませんが、それ以下のシンプルな理由。でもそれで死んでしまった佐藤くん。ごめんよ佐藤くん。まさか死ぬとは思わなかったのです。お母さんのこともごめんなさい。美しい佐藤くん、泣くとうるさい佐藤くん、死んでしまった佐藤くん。さよなら佐藤くん。わたしは貴方を忘れないよ、たぶんきっと。たとえ許されなくてもね。

( 080208 ) 戻る 
inserted by FC2 system