// デイズ

 なんで、この時期に窓側の席なんだろう、と思う。 開かれた窓からたまに入るぬるい風と、暑い日差しが私を襲う。 汗がわきから、腕から、太股から、首からじんわり滲み出す。 クーラーは私の頭上を通り過ぎて隣の隣の席の友人に心地よい風を直撃させる。 涼しいことをアピールするみたいに、汗ひとつかかず黒板を文字をひたすら写してる。 だらだらだらだら流れ出る汗をタオルで拭き取る。 涼しい空気が教室に充満するまでしばらく時間がかかりそうだ。 また隣の隣の席の友人を見ようとすると思わず隣の子と目が合って、 仲良くないのに無理矢理愛想笑いしちゃって、暑いねと呟いた。 ここの席、風当たんないもんね、と彼女も仕方なく返す。 ちょっと苦しい笑顔。でも小さな顔に集まった若いエネルギーが、美しかった。っていうか、可愛かった。 羨ましい、とばかりに私は黒板にそれとなく目をそらして額のにきびに触れた。 ちょっと大きめで、クリームをいくら塗っても治んない。 くそ、くそ。にきびなんて死んじゃえーと思う。
 後ろの子にとんとん肩を叩かれる。 振り向くと「手紙ー、多恵に」とだけ呟かれて長方形の厳重に折られた手紙を渡された。 表に(はーと)タエへ(はーと)とわざと崩した字で書かれてた。 多恵って誰だよ、と思いながら前の子に同じ台詞を言って渡す。 前の子は多恵が誰だか知ってるらしい。 頷いて斜めの前の子に渡したからだ。 先生が黒板に汚ねー字を羅列させてる間に、ささっと。 そういう秘密めいた瞬間を見てるのは、好きだ、非常に。
 そのあとは何にもなかった。 大嫌いな教師が大好きな現代文をひたすら延々と喋ってるだけだった。 本日は芥川の羅生門。テスト範囲。芥川は結構好きだ。友達は嫌いらしい。 でも誰も話を聞いていない。手紙渡しあってるか、寝てるか、ノートを取ることだけに熱中してるだけ。 教師だって熱入れて話してるみたいに見せてるだけで、 本当は頭のどこかに置いてある台本を喋ってるだけに違いない。 つまり、ここにいる人間はみんな何も考えていないのだ。 よし、じゃあ私も仲間入り、とばかりに私も少しだけ寝やすい体制を取って、寝ることに。 瞳を閉じればもうそこは安らかな眠りの世界。 オーケー、私はそんな世界をただよう旅人になろう。
 それでまどろみながら、思い出したこと。 小さい頃、仲の良かった子のこと。 その子は小柄で髪が長くてむちゃくちゃ可愛かった。 ふたりで好きなキャラクタの描かれたタオルをかぶって、手を繋いで昼寝した。 窓際で隣の母親達の話し声とか風鈴とか聞きながら。 最初はくすくす話してたけど、途中でどんどん眠くなってきて、やっぱ寝るねって寝た。 子どもらしい熱を持った体が寝苦しかったけど、でもやっぱり手は離さなかった。 それで気がついたら寝ていて、気がついたら目を覚ましていた。 真っ暗なところにいたから、あれ、もしかして夜まで起きないから お母さんに置いてかれちゃった? と思って泣きそうになった。 でも手を繋いでた彼女もいて泣かないでー、大丈夫だよーって言ってくれた。 そこは地面も空もわかんないぐらい真っ暗で、でも私はそこにちゃんと立っていて、怖かった。 「ここって、どこかな」とやっと泣きやんだ私が呟くと きっと答えてくれると思っていた彼女が首を傾げて 「わかんない」と言ったので私はまた泣きそうになった。 でもそれを見て彼女が慌てて「でも大丈夫だよ」と言って、よくわかんなくなった。 結局我慢したけど泣いちゃって、泣きやむまでずっと彼女があやしてくれた。
「子どもみたいなことはやめてー、やだー、もっと泣くー」
「だって子どもみたいなことしてるんだもんー、っていうか子どもだよー」
 それでも私は泣きやまないもんで、彼女もとうとう「もう泣きやんでよー」と泣き出した。 二人でわんわん泣いた。 その泣き声は闇に吸い込まれて、消えていった。
「もう帰れないの? やだよー」
「帰れるよ、あたし帰ってたもん」
 彼女がけろっと泣きながら言ったから、びっくりして泣きやんだ。
「えー、じゃあどうしたら帰れるのー?」
「わかんない。いつも遊んでて、あー遊びつかれた、ってぐらいで帰れたから」
「じゃ、遊びつかれればいいんだ」
「ちょっと違う気がするけど、遊ぼうか」
 うん、と頷いた。彼女はそれを見て迷わず私を手を引張った。 あーきっとこれは彼女は来たことのある場所なんだろーなーと思った。 だから安心してついていく。 彼女の目指す場所らしいところから、光が見えた。 あれーもしかして街? お兄ちゃんとかがやってるゲームに出てくるやつみたいな? とか思ってた。 でも違った。そこは小さな眩しい光の粒だった。
「何これ?」
「星だよ、知らないの?」
 当たり前じゃん、って感じに言われた。 彼女が本当にあれ、知らないのって顔したもんで、 知ってるのが当たり前なんだろうなって思って知ってるフリをした。 多分、嘘だと気付かれてた。 それでもまーいーや、と思って彼女と一緒にそれを見た。 きらきら綺麗だけど、本当に星かよ、と思った。 嫌な子供だ。 でもその星がむくむくむくっ! と膨らみ始めたときはびっくりした。
「え、これ、爆発する?」
「うん、するよ。楽しみ」
 楽しみじゃない! と逃げようとしたけど彼女の手があまりに強く握ってくるもんで、逃げれない。 うわー、これって結構やばいんじゃない? 怖いよーと思いながら仕方なくその場に留まる。 彼女はその間もずっとその星を眺めてるだけだった。 むくむくむくむく、どっかーん!  そんな感じで星が破裂した。私は思わず顔をそむけて、手でガードする。 体にぱちぱちと何かが当たる感触がちょっとあって、光が消えた。 私はつむってしまった瞳を開けて、それを確認する。 星ははじけて、消えたみたいだ。
「あー、怖かったー」
「あれ、食べなかったの?」
「え? 何を?」
「星だよー」
「星食べれないよ」
「食べれるし、ほら、あたし食べてる」
「そーみたいだけどさー」
 彼女が小さな赤い舌をぺろっと私に見せてくる。 確かにさっきの白い輝きを持った星の欠片みたいだ。 私は首を傾げて尋ねる。
「美味しいの?」
「美味しい美味しい。キャラメルとかよりも美味しい」
「キャラメル嫌いだからわからーん」
「とにかく美味しいのー」
 と、強い口調で言ってまた私の手を引張る。 またさっきみたいな星のところへ連れて行かされる。 でもさっきの星よりもっと大きい。 やばいじゃん、さすがにふっとばされるよー、と私はおびえる。 でも彼女は揺るがない。 なんでそんな自信たっぷりなんだー! と私は怒りたくなる。
「あともうちょっとで爆発するからね、あーって口開けるの。 そーするとね、口ン中に欠片が入って美味しいよ」
「いや、やばいってー、お腹壊すよー」
「夢? なんだから大丈夫だよー」
「疑問系じゃーん!!」
 不満たらたらだけれど、遊び疲れなきゃ帰れないんだよなあ、と思って仕方なく口を開く。 目の前でまたさっきみたいにむくむくむくっ! とやってくる。 やばいやばいやばい、やばいってー! と思ってるなか、 冷静な私が、あー、どんどん昔の私から今の私へと思考が移動してるなーと思う。 どっかーん、と大きな音。 私の口の中に、いくつかの欠片がインしてくる。 ぱく、と思わず口を閉じる。 甘くて、少し熱を持った欠片。 お、美味いじゃん、と思う。 その私の表情に気付いたのか、彼女はすげえ笑顔でこう言ってくる。
「ねっ」
 それだけだった。 うん、と私は素直に頷く。 でもさあ、と呟いた。
「なんで今さら君かな。もう中学どころか小学校で別々になっちゃって、 なんとなく離れちゃった君とさ、私が」
「いつもその質問ばっかりだねえ」
「は? いつも? これが初めてだよ」
「違うよ、あなたはいつもそれだよ。不思議そうに、尋ねてくる。 夢のなかで何度も何度も問いかけてくるくせに、すぐ忘れる。 重要そうなことだと思ってるくせに、何も考えてないんだね。 それじゃ周りと同じだよ」
「夢? あれ、だって可笑しいな。私てっきり思い出を思い返していただけかと思ってたのに」
「思い出は自分のした行動から生まれるものだよ。だからそれは不思議じゃないよ」
「そうかあ」
「そうだよー」
 それじゃあ、きっとこの彼女も見た目だけは昔だけど、中身は今の彼女なんだろうな、と思った。 彼女は私とこうやって夢の中で会うことをいつだって忘れずにいるけど、 私は夢だからと割り切ってしまって忘れてしまう。
「っていうか、久し振りじゃない? 君と会うの」
「いや、だから結構会ってんだって」
「あ、そか。めんごー」
「うわ、うぜー」
 くっくと笑う。
「え、じゃあいつもここで会ってんの?」
「違うよー、ころころ変わりまくる。いつもここどこかなーって最初に頑張って思い出すの」
「そうかそうかー、おつ」
「あー、っていうかもう帰んなきゃだし」
「まじか」
「まじだー。夢ってことに気付いちゃったから、もうお星様出てこないよ。 あれダイエット食品的で、助かったのに、なあ」
「無駄に現実的ー」
「二の腕が破滅的にまずいんだよーわかるだろー」
「どーでもいー」
「まじうぜー」
 目の前が真っ黒になって、真っ白になった。 おいおい、これが終わりかよ、うぜーがエンドっすか、と思った。 目を開けると、やっぱり大嫌いな教師が大好きな現代文を念仏のようにとなえてるだけだった。 時計をみると、五分も経っていない。 なんだか夢の中と現実の差がすごく物悲しくて、切なくって、涙が流れてくる。 一生懸命我慢するんだけど、やっぱりぼろぼろっと溢れてくる。 鼻水もだらだら流れそうだ。 その様子に教師が気付いて絡んでくる。
「どうしたー、泣いてるじゃないか。感動したのかー?」
「違います、花粉症です」
「今の時期に花粉症はないだろー」
 だからおめーは嫌いなんだよ! と思う。 でも反論すらできない私は駄目人間。うううー、と唸る。 そのあとは私の負のオーラを感じたらしく放っておいてくれた。 周りの子がどうしたのー、大丈夫ー? とか声をかけてくれる。 でも私が欲しいのは君たちのそういう慰めの言葉じゃなくって、 彼女のうぜーっていう優しい拒絶が欲しいんだー!  マゾじゃねーぞ! くそう、と私は思う。 なんだかしてやられた気分だった。

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