// Cの本音

 なんたらはなんたらである。名前はまだない。
 と言うような台詞から始まる小説があったように記憶している。 今喉まで出かかっているのだが、なかなか思い出せない。 その台詞自体が曖昧この上ないが、存在していたことは確かだろう。 あまり記憶力が良くないことは、この通り頭を下げるから勘弁して欲しい。 頭下げてるところ見えない、などという平凡なツッコミをする奴は想像にお任せするから、 自分の頭の中でどうにかすればいいと思う。 想像できない、というところまで掘り下げてくる奴は、自分の脳細胞の質の悪さを嘆いていろ。 などと最初からちょっとサディスト的一面を見せてしまったが気にしないでくれ。
 さて、本題に入ろう。 私、和之助は今現在家の縁側で緩い日差しを浴びながら、本を見ていた。 もっと詳しく言うなら陽介という名の可愛い舎弟が本棚から落とし、広がったまま放置した小説を読み終えたところである。 父が陽介の教育のためと買ってきて、その本人は一度も開かずそのままだったものだ。 そのような本は他にも多くあり、冒頭の小説もそのひとつだ。 だがこの本は確かに一度も読む価値のない、小説ではなく文字の羅列と呼ぶべきであろうものだった。 陽介と同じぐらいの年齢の子どもらが「青春大爆発だぜえ!」とでも言いたげに、 スポーツや友情や恋愛などをしている内容だ。 正直そのようなリアリティ重視な癖して夢見がちな小説は、私はあまり好きではない。 海外文学などのほうが性に合ってるのか、そちらのほうが好ましく思う。 それは母も同じらしく、よく海外文学のものを買ってきていて父や陽介の買ってくる本よりもとても楽しく読める。 いやもっとも、陽介の買ってくる本といえばせいぜいライトノベルや漫画、 あとよく知らないが同人誌とかいうものばかりだから、そもそも問題外なのだろうけれど。 父のほうは自己啓発本や官能小説が多いかと思う。 なんだかんだで読書好きな家族の買ってくるものを一々チェックする私もなんだが。
 まあ、いろいろ言ってはみたが私の中ではある本を発見して以来、 母の買ってくる本も何もかもがつまらない文字の羅列にしか見えなくなってしまっていた。 その本は陽介の部屋にあり、こう話しているとなんだかふと見たくなってきたのでちょっと見に行こうと思う。 それぐらい素晴らしいものなのだ。画面の前の君たち、少し期待しろ。
 ゆっくりと立ち上がって、縁側から少し離れた陽介の部屋へ向かう。 途中母と廊下ですれ違う際、「和之助さん、もうすぐ昼食ですからね」と告げられたので読み終えたらすぐにご飯だ。 なるべく急いで歩く。幼い頃、フローリングの廊下を「おいおい、つるつるすべりまくりじゃねえか!」と はしゃいで走り、ずっこけ、骨折したことは今でもトラウマである。 それ以来走るという行為が、フローリング限定で恐ろしくなってしまったのだ。 などという過去をさらけ出しつつ、ずっこけることなく無事陽介の部屋へ到着。 ドアがほんの少し開いていたところで、陽介がいないことと鍵が閉まっていないことを確認した。 陽介がいるときは扉が閉まっていても、大音量のアニメソングが流れるからわかるのだ。 今日は休日だ、きっと部活か何かだろう。
 そっと足音を響かせないよう歩きつつ、陽介の机の上を荒らす。 すまん、陽介。でも元々汚かったし、いいよ、な?  心の中で詫びつつ、例の物をまたも汚い本棚から引っ張り出す。 それは一般的な大学ノートだが、一般的ではないところは表紙に「紅の勇者~永遠なる幻」という題名が書かれているところだ。 恐らく「くれないのゆうしゃ」と読むのだろうから、「永遠なる幻」も「とわなるまぼろし」らへんかと思う。 詳しくは陽介に聞いてくれ。
 それにしても題名も題名だが、中身も中身である。題名にふさわしいものであることは確かだ。 まとめきれないほど壮大な世界観、拾いきれないほどの伏線、矛盾多発のストーリー、 暗い過去をそれぞれ持ちながらも意外とあっさり乗り越えるキャラクターたち、何処かで見たことのある展開……。 とにかく一言では言い切れないほど、そこには酷い……いや、素晴らしい物語の世界が広がっている。 さすが我が弟、とでも言っておこう。 これを陽介はたまにふと手に取るのだが、このノートを開くたび泣きそうな表情になる。 ベッドに寝転がり、足を乙女チックにばたばたさせ、顔は枕に埋めて。 それでよくは聞こえないが「死ね、昔の俺死ね! 氏ねじゃなくて死ね!」などと叫んでいるのだ。 言っていることはよくわからないが、きっと昔の自分を殺したくてたまらないのだろう。 そういう感情は私にはよくわからなかった。 何せ昨日の夕食もまともに思い出せないのだから。 ……いや、私はいつも食べるもの一緒じゃないか。
「和之助さん、何してんだよ!」
 と、ここで生憎陽介が帰ってきてしまった。 扉の開く音にも気付かなかったなんて、相当読書に熱中していたようだった。 陽介は溜息を付きながら私を抱き上げて机から下ろす。 私はやれやれ、一応謝っておくかと声を上げた。
「にゃあ」
「にゃあ、じゃねっつの! また俺の机荒らしやがって」
 元々散らかっていたくせに何をほざくかコイツと思い、足に爪を軽く引っ掛けて部屋から逃げた。
「いでっ! あ、和之助さん逃げんなよ! 片付けていけよ!」
 いや、荒らすのはどんと任せて欲しいが、さすがに片付けるのは私には物理的に不可能だ。 とここで私はようやく冒頭に持ちかけた小説の台詞をきちんと思い出したので、ちょうどいい。 きりもいいので最後はこれで締めようと思う。吾輩は、猫である。名前は和之助だ。


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