// ツンデレ日和

 私はツンデレだ。 そのせいか、周りが異様に私の神経を逆撫でる。 クラスメイトや先輩たちはもちろんのこと 中でも私を一番逆撫でるのは、幼馴染のクウだ。
「ねえ、つーちゃん」
「何よクウ」
 私は本を読みながら、しれっと返す。 それに嫌そうな顔一つ見せず、彼女は私に言う。
「もー本ばっかり読んでー。 せっかく久し振りに二人でランチしてるのに。 はーあ、私もうお腹一杯だよ……」
 わざとらしく溜息をつく。 ちらりとクウの手元にあるサラダを見やる。 小食の彼女でも、明らかにそれは少なすぎる量だ。 どうせまた、洋服や雑誌でお金をつぎ込んだのだろう。 これ以上細い手足が細くなってどうするんだ。 皮と骨だけになるんじゃないか? きゅっと締まったお腹をさする彼女も見やる。 私は本にしおりを挟み無言で立ち上がって、店員に話しかけた。
「ちょっと、ハンバーガー二つくれる?」
 私はその暑っ苦しい男の店員が笑顔で用意したハンバーガーを 持ってクウの元へと戻った。 そして私はすこし怒ったように、頬を赤らめて言う。
「べ、別にあんたのためなんかじゃないんだからね。 私はただ、ハンバーガーを間違えて多く買っちゃっただけなんだから」
 乱暴に一つのハンバーガーを食うに投げた。 彼女は器用にキャッチして、中身を確認する。 そして、満足げにわかってる、わかってるよと言ってかぶりついた。 まったく、世話の焼ける奴だ。 私がいないとまったく出来ないんだから。 お金の使い方も下手だし。 けれど、嬉しそうにハンバーガー食べる彼女を見ると それでもいいやとつい思ってしまう。 いけないいけない。彼女のためにももっと、厳しくしなければ。
「有難うね、つーちゃん」
彼女は純粋に微笑む。

 ある日、先輩達が私に話しかけてきた。 性分からかあまり仲良くないはずなのに、やたら馴れ馴れしく。 私はいつもどおりツンツンした態度を取る。
「何ですか」
「ねえ、クウちゃんって知ってるよねー」
「……一応幼馴染の関係です。それが何か?」
 名前も知らない先輩たちは、にやにやと笑う。 その笑みがあまりにも汚くって、クウの笑みとは違って不純で、嫌だった。 けれど、彼女と何か関係あるらしい話なので黙って聞くことにした。
「で、クウが何か?」
 例え先輩だろうが、ツンとした態度はやめなかった。 彼女達もそれほど気にしてないらしい。
「あのねー、クウちゃんに前お金貸してー で、今日返してもらおうと思ったらお金ないってー。 だから幼馴染? の君ならいいかなって」
 またあの子。昔からそうだ。 小さい頃からお金はすぐに使ってしまう性質。 それでも欲しいものがあったら、すぐに私にねだってきた。 私だってお金持ちなわけじゃないから、すぐにお金はなくなる。 けれど他の誰もついてこなかった 私の性分(まあ、つまりツンデレのことだ)に クウだけは着いてきてくれた。 にこにこと笑顔を浮かべて、つーちゃん、つーちゃんと。 だからその友達を失うわけにはいかない。 そんな友達に悲しい目に合わせるわけにはいかない。 私は大きく溜息をついて、財布を取り出した。 先輩たちから歓声が沸く。
「いくらですか」
「んーとりあえずー、これぐらいかなあっ?」
 にこっと汚い笑みを浮かべて、指を三本突き立てた。 三千円。お小遣いをもらったばかりだったから、なんとか大丈夫だ。 それにクウのお金に余裕があるときに返してもらえれば良い。 三枚の千円札を差し出すと、先輩たちは満足げに帰っていった。 すると、すぐ横からクウが出てきた。 涙をぽろぽろ流しながら、それを一生懸命袖で拭い取る。
「ごめんね、つーちゃん。つーちゃんは何にも関係ないのに。 ごめんね、すぐに返すから。ママに言ってすぐに……」
 クウはぽろぽろと綺麗な涙を流す。 私は顔を赤くして、怒ったように彼女に言う。
「べ、別にあんたのためじゃないんだから! あんたみたいな子が幼馴染だって思われたら迷惑だから お金をあの人たちに上げたまでよ!」
 そういうと、クウは顔を上げて涙を流したまま微笑んだ。
「つーちゃんは優しいね」
「……もう、あんたのためじゃないって、言ってるでしょ!」
 顔が真っ赤になる。 くらくらと頭に血がまわる。 今みたいなときが一番好きだ。

 ある日、私は彼女に昼休みに呼び出された。 正確には彼女の友人であり 私とは全く仲の良くないクラスメイトから伝えられた。 今すぐ屋上に来てくれだって。 それだけそっけなく伝え、クラスメイトは仲の良いグループへ戻っていった。 ああ、そういえばお金を返してもらう日だ。 私は読んでいた本をぱたんと置いて、教室を出た。 最後に聞こえたのは、さっきのグループがどっと笑う声。 階段を駆け上って、屋上へ向かう。 扉を開くと、其処にはクウが風の中にいた。 風圧で目が痛い。 彼女は振り返って私を見やると、すぐににっこり微笑んだ。
「つーちゃん! 来てくれて有難う」
 私はいつもどおり、ツンとした態度を取る。
「べ、別にあんたのためじゃないわ! ただたまたま、空を見たくなっただけよ……」
「こんな曇りなのに?」
 くすくす、とクウは綺麗に微笑んだ。 確かに今日は曇りで、お世辞でも綺麗とはいえなかった。 私はなんとかごまかそうと口を開こうとするが 台詞が出てこなかった。 こういう場合、どうやって言えばいいのだろう。
「ま、いーや。つーちゃんだもん。曇りの空が一番きれいなのよー! なーんて言い始めそうだし」
 くすくすと笑いながら、話し続けるクウ。 何処か元気ぶってる気がした。 長年付き合っている私だからこそ、気付く事実だろう。
「何か、あったの」
「……あれ?」
 困ったように笑う、クウ。 困ったように笑う表情から一転して、泣きそうな表情になる。 それでも笑みを保とうとしてる。
「なんでもう、バレちゃったかなー。可笑しいね」
 ぽろぽろと、クウの綺麗なブラウンの瞳から涙が流れる。 頬を伝って地面へぽつり。 一瞬、雨が降ってきたのかと思った。 彼女はとうとう嗚咽をもらして泣き始めて、袖で拭った。 袖が濡れるばかりで、涙は止まらない。 しばらく沈黙してから、私は口を開いた。
「何が、あったのよ」
「あ、あのね。て、手紙が、来たの。く、靴箱に、に、入ってた、の、オ」
「……なんていう手紙?」
 う、う、と呻きながら、片手でポケット探り一枚の紙を差し出してきた。 ぼろぼろのメモ帳から破り取ったようなものだ。 私はそれを受け取る。 汚い字で、長ったらしかったがそれを要約すると『死』、だ。
「わ、私、死、ぬの嫌だ、あ、よお……!」
 嗚咽をもらして、みっともないぐらい泣き喚くクウ。 死ぬ? クウが? こんな紙一枚を本気にしてるの? でも、本当に、死んでしまったら? 私の心臓がありえないぐらい鳴り響く。
「も、もしか、して、つ、つーちゃんはし、知らない、の?」
「え?」
 私は吃驚した。 泣き喚くクウは、その私のシラナイコトを教えてくれる。 その手紙は今、学校で噂になっていることで 貰った奴はかならず死を、ということだそうだ。 殺してもいい、殺されてもいい、自ら命を断ってもいい、という命令。 拘束的命令。それは絶対なんだそうだ。 ……意味がわからなかった。 けれど彼女の様子からして、それは本当に恐ろしいことなのだと悟る。
「ど、どう、しよう……! わ、私、死、にたくな、いよ、うっ!」
「だ、大丈夫、よ」
「どうして! そんな、こ、根拠のないことがい、言えるの!」
 泣き喚き続ける。そして私をけなす。 彼女の言うことの方が根拠がない気がした。 けれど確かに私の言うことには何の根拠もないことだ。 それに私はどう励ませばいいのか、行動すればいいのか、わからなかった。
 けれど一つ。 ぽん、と暗い部屋に光がともるみたいに、私の頭にひらめいた。 それはもう引き返すなんて言葉はなく、ただただ前進するだけの話。 それでも、それだけの価値が、クウにはある。 私は息を飲む。
「わかったわ」
「え?」
 きょとん、とした表情の彼女。 私はその顔をみて思わず微笑みながら、言った。
「私を殺しなさい」
「え? え? つ、つーちゃん、言ってる意味わかんないよ?」
「私を殺せば、アンタは助かるんでしょう?」
 私は、頬を赤らめる。 今日は耳も熱くなった気がする。 そして、すこしどもりながら、クウにいった。
「べ、別にあんたのために死ぬんじゃないんだからね。 この世界がもうつまらないから、し、死ぬだけなんだから」
 クウはいまだに嗚咽を漏らしていた。 私は覚悟を決める。 屋上のすこしある段差の上に乗った。 そこから下は、コンクリートだけが待っている。
「……ほら、此処から落しなさい。ほら、早く」
 未だ彼女は戸惑っているようだった。 それでも私がじっと睨んでいると、クウも心に決めたようだ。 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、両手を構えて近づいてくる。 そして、私を突き落とす前に呟いた。 三度呟いた。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう」
 鈍い音で、私は落とされる。 多分死んだ後は、自殺とでもなるんだろう。 私は落ちながら考えた。 一度目のありがとうは、私のためにありがとう。 二度目のありがとうは、今までありがとう。 そして三度目は?
 ああ、と私は思った。 三度目のありがとうは、死んでくれてありがとう。 彼女は笑ってた。 それは儚げでも優しくもなんともない。 ただただ、乱暴ないやらしい笑み。 あの先輩たちみたいな、気持ちが悪くなるような。
 ああ、と私は思った。 私は本当にただただ利用されていただけなのだと。 今さら分かった。理解した。 ツンデレなんていう二次の想像で 自分自身のあまりの惨めさを包んだのだ。 オブラートのように、なんて美しい例えはするつもりはない。 例えるなら、錆びたパイプ管の酸化を抑えるように ペンキを塗りたくったのだ。 美しさを保つためなんてものじゃなく もっと現実的な問題をカバーするために。 私は脂肪であふれた自分の体が、風でゆれるのを見る。 汚ったらしい鼻水が出る。 涙が上へ上へと溢れる。 私は本当に死ぬ直前に呟いた。 涙と鼻水をだらだら流しながら。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう」
 彼女の美しい声とはまるで違う、低い太い声で。 一度目のありがとうは、私のためにありがとう。 二度目のありがとうは、今までありがとう。 そして三度目のありがとうは、殺してくれてありがとう。
ありがとう、ありがとう、さようなら。
気持ち悪い音が、コンクリートと私の頭で奏でられた。

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