形状記憶少女

// ノイザー

 世界の全てが雑音だ。 言い換えれば、世界の元は雑音だ。
 テレビのバラエティー番組の効果音。 サラリーマンの世話しない足音。 女子高生たちのさざめく笑い声。 OLの持つ携帯の着メロ。 木々のさえずり。 うぶく風の声。 すべてノイズと化して。
 あたしは耳から脳へと伝わる音を 遮るかのようにイヤホンをつける。 実際は遮るためであるけれど 遮れ切れないそれがやけに悔しい。 別にMDプレーヤーとかになんてつけてないけど 聞いているフリをしてイヤホンをバッグに突っ込んでおく。 そしてまるで常人のように「普通に生きてますよ」なんて 素っ気無い顔をして街中を歩く。 それだけで何故か周りと同一化できる。 けれどどうやっても同一化できない自分の中身がある。
 たまに話しかけられたりすると 一応イヤホン外して適当に笑って断る。 しつこくても笑って。 笑顔を作って、口角を無理矢理あげて。 ようやく諦めた男の後から毒づく声もイヤホンで遮る。 もしも全てを無視できて音が聞こえなくて 何もないところだったら。 ふとたまに考えたが それが虚しい空想だと思い知るたび、切ない。
 ショートカットの髪が冬の寒い風に揺らされる。 マフラーからそっと覗く乾いた唇が寒さに震える。 指先で触れると少しパリパリしていた。 嗚呼、リップクリーム何処だったっけ。 きっと鞄の中。 でもいいや、面倒臭い。 冷たい空気に自然と頬が強張る。 先程の作り笑顔のせいもあるだろう。 手袋も何もしていない手の感覚がなくなりつつある。 私はポケットの中に手を突っ込んだ。 短いスカートから伸びる足を動かす。 足に冷たい風が当たる。 寒い。 そうやって一つ一つの自分の行動を、周囲をみていると ふと泣きそうになる自分がいる。 俯いて、自分の足元に集中する。 なんて哀れなんだろう。 私ではなく、周りの人間でもなく。
 学校について、イヤホンをようやく外す。 さすがにつけたままでいると、少々マズイ。 教室に着くと何も言わず鞄を机に置いて すぐ椅子に座る。 下を俯いて、ポケットに手を突っ込んでいる。 朝だと言うのに、甲高い女子の悲鳴 否笑い声が聞こえてくる。 どうしてあんなに高い声が出せるのだ。 朝ぐらい静かにしろよ、と毒づく。 実際言えば面倒臭いことになるのは よくわかっていたから、心の中で。 耳を塞ぎたくなる。 咽がつまる。 目がふっと振るおう。 私は逃げるために廊下に出た。 吐き気が襲う。 ふらふらと体が揺れる。 壁に寄りかかる。 そう表現すれば軽いけれど 実際は鈍い音が廊下に響いた。 息があれる。 そうして思い出すのはいつかの出来事。 初めて雑音が雑音じゃないと感じられたあの声。 あの声が私の求める甘い言葉じゃなくて、 残酷なセリフを吐くのだ。
「さよなら」
 そんなものを私は求めてないのに。 ああ、それならいっそ、この世界とさよならすれば。 私は廊下にスローモーションで倒れこむ。

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