// 泣き声は聞こえない

「ばーかみたい」
 妹がテレビに向かって毒づいた。 お菓子を食べながらだったけれど、いらいらしたような口調だ。 僕も同じものを食べながら訊ねてみる。 ちょうど本を読んでいたので、テレビは見ていなかったのだ。
「何が?」
 ちらりとこちらに視線を向ける。 呆れたような怒ったような視線だ。 多分どちらとも。 入り混じった視線。
「このドラマ」
「中身知らない」
「……貧乏な青年が、良家のお嬢様に恋をしたって話。 で、今諦めたの。馬鹿みたい。 理由が自分の手に届く人じゃないからって」
 語る妹をよくよくみると悔しそうな色も見て取れた。 気付いた今ではそれが一番濃い色をしている。 彼女が感受性が非常に豊かなため 登場人物と気持ちを重ねやすい。 以前も青春ドラマか何かで毎週泣いていた記憶がある。 きっと今回もそれだろう。 僕は適当に相槌を打って、会話を止めた。 お菓子をかじる音と、テレビの声。 青年の嘆くような声。 マイナーなドラマのせいか、その演技は酷く下手だ。
「……たかだか、地位の差なのに」
 そう呟いて、妹は勢い良く立ち上がる。 リビングと廊下をつなぐ扉を開いて、乱暴に閉めた。 その後、すぐに嗚咽の声。 それはテレビの青年よりも必死な声。
 ごめんね、と僕は口に出さず謝る。 彼女は地位なんかじゃ 埋められない距離に泣いている。 偉くなっても美しくなっても どれだけ愛しても届かない距離に。 ごめんね、と僕は今度は口に出して謝った。
 前々から知っていた。 彼女が僕を好きだってこと。 でも兄妹という、距離と距離の間にある壁が邪魔をする。 けれど扉越しじゃ嗚咽が聞こえるのに 隠そうとしないそれは伝えたいという思いが ほんの少し表面に出てる。 でも僕は気づかないふり。
 リモコンで音量を上げた。
 青年と良家のお嬢様らしい人の再会シーン。 雨の中青年が泣いているところだった。 なんてお約束、と僕は笑おうとした。 でも笑えなかった。 僕らの今の状況も、あまりにお約束過ぎて。
「嗚呼、なんて歪で道化」
 演技のように、もっともらしく言ってみた。 声が自然に震えた。 彼女があまりに哀れすぎて、泣きたくなった。 嗚咽の声は一定で、僕に届く。
 嗚呼、ごめんね、ごめんね。 兄妹でごめんね。 でも僕は兄妹じゃなかったら きっと君を好きにはなれない。 嗚呼、ごめんね、だからごめんね。
 手を伸ばせば届いても、触れる意味が違うから。 それなら届いても意味は無い。 僕はほんのすこしだけ、無意味に鼻歌を歌う。 ほら、聞こえない聞こえない。
 嗚咽は聞こえない。

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