// 待ち合わせ

 私は透明なケースで生きている。 其処から道を行き交う人々を見て、生きている。 ただそれだけだ。 決まった時間に餌を、決まった時間にシャワーを。 それはまるで見物だ。
 行き急ぐサラリーマンを見る。 ネクタイが少しまがっているのに気付いた。 がやがやと騒がしい、小学生の集団を見る。 ちらりとこちらを見やってくる。 見物じゃないんだ、私は。 ふん、と鼻を鳴らす。 小さい幼稚園ぐらいの子が私のケースを叩いてくる。 きゃっきゃと面白そうだ。純粋な悪意は本当に迷惑。 私は睨んでやった。子供は泣き始める。
 私はつまらない。 この狭い透明なケースで見物じゃないのに見物とされてるそれが嫌だ。 誰か早く、私を助けて。そう叫びたくてたまらない。 けれど私は叫ばず、ふっときた睡魔に襲われてみることにした。 眠かった。
 しばらく寝て、目を覚ますと私は店の主に抱かれていた。 はて、と周りを見回すと頬を紅潮させた男性がいる。
「ああ、起きたみたいですね」
 嬉しそうに言った。 店長はよく寝る奴ですからと笑って言う。 ああ、ようやく私の主人が決まったのね。 甘えるようにすりすりと身を寄せる。 笑顔がこぼれた。
「じゃあ、可愛がってやってくださいね」
「ええ、もちろん」
 彼の腕に抱かれたまま、私は店を去る。 くうん、と鳴いてみた。 仲間たちが見える。
「寂しいのかな」
 困ったような声。 私はくうん、とまた鳴く。 彼の瞳をみやって。 彼の匂いはすこし汗ばんでる。
「それにしてもいい毛並みの犬だ。  なんて名前にしようかな」
 綺麗な名前にしてね、と私は呟く。 また襲う睡魔に、ゆっくりと身をゆだねて。

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