形状記憶少女

// 月のエキス

「お姉ちゃん、今日は綺麗な満月だよ」
 そんな台詞が、外から聞こえてきた。 つまり外へ来いと言うことだろう。 私は寝転がって読んでいた本を置き、のろのろと外へ出た。 母も父も祖母も寝付いた静かな深夜に外へ出るという行為は 何処か悪いことをしているような気分に陥る。 けれど妹も出ているし、いいだろう。
「月って言っといて、どっち見てんの」
 庭に出てみると、裸足で白いワンピースを着た妹が 足を抱えて座り込んでいた。 けれど見ているのは空ではなく 芝生に置いてある水の張った洗面器だ。 しかもどこかうっとりとしている。 私は空を見上げると、満月がゆったりと光を放っていた。 そして再び妹へと視線を戻す。
「ちょっと、聞いてるの」
「洗面器、見てよ」
 ぼんやりとした口調で妹は言った。 仕方なく洗面器を覗くと、そこには水に映った満月と金魚がいた。 うっすらと月の光で輝く金魚と、その映る月は確かに美しかった。 ふうん、といいながら隣に座り込む。
「綺麗だね」
 正直に感想を呟くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「私ね、将来金魚になりたいんだ」
「金魚?」
 その言葉につい驚いたが、妹の真剣な眼差しをみてつい呆れた。 瞬間頭の中で妹が金魚になった様子を思い浮かべたが すぐに打ち消す。私は尋ねた。
「なんで金魚なのよ」
「こうやってね、月と一緒に泳いでみたいの」
 と、彼女は言いながら映っている月に触れた。 満月が震える。 馬鹿みたい、と頭の中で思いながらも口には出来なかった。 臆面も無く子供の顔して純粋に そんな夢を口にする彼女にいえなかった。 同じなのに違うのが何か悔しく、怖くさえも思った。
「あ、お姉ちゃん」
 と、彼女が口を開いた。
「スカートが水についてる」
 慌てて白いワンピースの端を見ると 洗面器に浸っていた。 ちょうど月の映るところに。 慌ててスカートをあげて、水が滴るそれを絞ろうとすると妹が止めた。
「ちょっと待って」
「何よ、早くしないと乾かないじゃない」
 つい怒った調子でいうと それとは間逆な調子で彼女が言った。
「今、お姉ちゃんのワンピースに月のエキスが 吸い込まれたんだよ。もったいないじゃない」
 微笑む。 そんな彼女の陳腐な台詞に一瞬停止して、笑う。 自嘲に近い、笑みだった。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何?」
 自然に彼女が私の手と指に絡ませる。 細い、白い指だった。 その二つの重なった手を自分の頬に撫で付ける。
「私が将来金魚になったら、こうやって 洗面器に入れて一緒に月と泳がせてね」
 私はその台詞に笑う。 そして、否定する。
「馬鹿ね。私とあんたは一卵性の双子なんだから  あんたが金魚になったら私も金魚よ」
風で満月が揺れた。
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