形状記憶少女

// (一・序)

 坂道沿いに学校があったけれど、そのさらに先の坂道てっぺんにあったから、坂ノ上女子寮と呼ばれていた。寮生ぐらいしか正しい名前を知らなくて、かといって不便はないし訂正するほど愛もないから、みんな坂ノ上女子寮生ということにしていた。
 坂ノ上女子寮は歴史は古い。古すぎて誰も覚えていない。口伝を信じるならば、学校より先に女子寮の元になる宿屋があって、そこに若い娘たちが募っていたから、偉い人が途中に女学校を建ててみた。するとなかなかに上手くいって評判良く、娘たちが集まってきた。宿屋を正式に寮として、遠方からも呼び寄せた。それから現代に至るまでに徐々に廃れて、いつ潰れてもおかしくないような風に落ち着いたのだった。今では坂のてっぺんにある、という以外は案外と通いやすいから、さして活躍もない部活の朝連に間に合わせるための物好きか、実家に問題のある娘ぐらいしか集まらなくなった。
 だから坂ノ上女子寮はとてつもなく古い。ときに改装や増築をしていたけれど、補えないほど歴史があった。床はフローリング敷きだけれど、どこを踏んでも軋んでうるさい。もしみんなが寝静まったときにでも帰ってくれば、寮生の誰もがいつ帰ってきたのかを知ることができた。これについては、教師たちの都合が良いから永遠に直されないだろう、という結論がずいぶん前に出ていた。
 女子寮は二階建で、二階にある十室が寮生の部屋になる。すべて相部屋だから、単純計算で二十人しか住むことができない。全盛期には一部屋三人が住んでいたと言うが、この狭い部屋で三人だなんて、と寮生にはぞっとしない話だ。今は十五人だけが住んでいる。基本的にルームメイトは同学年だけれど、人数次第で先輩と組まされることもある。奇数のとき一人部屋になれるのは、監督生と決まっている。真四角の部屋の真ん中にカーテンがかけられた二段ベッドが置かれていて、それで部屋が仕切られていた。ちょっと可愛い北欧製の机もある。ダークブラウンに細身の脚で、収納棚は平たいのがひとつ、右横に四角いのがふたつついているのだ。なぜかこればっかり良い感じなのは、昔の寮生に父親が北欧の輸出入業をしていた人がいたから、というか定かでない。
 部屋にはユニットバスと小さな冷蔵庫も備え付けられているけれど、ユニットバスが嫌いな人や冷凍庫を使いたい人のために、一階の共用のスペースに補うような形で施設が造られていた。といっても基本的にはロビー、食堂、浴場、トイレ、公衆電話ぐらいだ。共用なだけあってさまざまな制限があったから、補う程度でしかないのはたしかだ。食堂だけは自分たちで料理をしなければならなかったから、使用頻度はまあまああったが、自炊する決まったメンツだけでもあった。
 寮母の部屋もあるけれど、寮母の姿は大概の寮生が契約するときぐらいしか見たことがない。どうも寮生たちのいない平日の昼間なんかに掃除をしているらしい、というぐらいだが、うるさくないに越したことないから誰も気にしない。大概のことは監督生と副監督生に任せておけばなんとかなる。監督生は三年から一名、副監督生は二年から二名、冬に選ばれる。クラス委員長みたいなもので、連絡事項や問題があった際に動くことになる。唯一、寮母と定期的なやりとりがあるらしいが、それもまた寮生の興味はそそらない。
 寮生が騒ぐようなことは決まっている。恋愛、人間関係、課題、それから。
 ねえ聞いた、と一人の寮生が囁いた。
「坂ノ上女子寮が、潰れちゃうかもって」
 いつにもまして人気のない、坂ノ上女子寮にて。
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