形状記憶少女

// 04.待ち人

周期が巡る。
それは地球が自転するように自然で
私が生きているように不自然で。
ともかく、もうすぐまた彼と会うことになる。
彼の分の"切符"を用意しておかなければ。

 私は、ある列車の窓側に座っていた。 その列車は決して古びてはいないけれど 何処か錆びた雰囲気はあった。 寂びた、とでもいうべきか。 今いる車両には、私以外の人は誰も居なかった。 柔らかな赤い布に包まれた席には、私以外存在しない。 もしかしたら、他の車両にも誰もいないのかもしれない。 けれど探す気にはならなかった。 私だけの空間。なんて、素敵だ。 ひたすら列車の音と、私が動くたびに聞こえる布ずりの音。 外からもれる淡い光のあたたかさに、思わずうとうととする。 私がずっと望んでいたことだ。 けれどたまに、ふと寂しくなる。 自らの意思を自らごまかそうと、私は外に目をやる。 瞬間瞬間変わる光景に目を奪われながら ふと手を伸ばしかける自分。 けれど窓から手を出そうとする前に、やめるのだ。 かならず、"車掌"がやってくるからだ。 彼は……はて、なんと説明すればいいのだろう。 彼は確かに車掌だ。 名乗らずとも分かる。 けれど、どんな格好なのかどんな顔なのか 気付けばさっぱりわからない。 だが元々有り得ない空間なのだ。 有り得ないことが次々起こったとしても、それがここでは自然なのだ。 すぐ後ろから、隣の車両へ移る扉の開く音がした。 車掌だ。
「切符を拝見いたします」
 よくよく思えば、彼の声もなんとなく判断がつかない。 何処か曖昧で不安定だ。 それでもはっきりと聞こえる。 私は沈黙のまま、ポケットを探って何枚か繋がった切符を差し出す。 車掌は一枚ちぎり、次の車両へと移った。 そういえば、昔隣の車両へ行こうとした覚えがあった。 でも不思議と開かなかったんだ。 この車両にあるのは、座席と隣の車両への扉と、窓だけ。 外への、あるいは中への出入り口は存在しない。 じゃあ外から来るはずの彼は、どこから来るんだろう。 もしかして、彼も車掌と良く似た存在なのかもしれない。 本当は酷く曖昧な存在で。 眼を瞑る。 暖かな日差しだけが、よく感じられた。 いつ来るだろう、と彼を待つのは楽しい。 待つことは好きだ。 あの子を産んだときも、そうだった。 腹が徐々にふくらんでいくのは、人を待つよりも楽しみで。 既にあの子がいなくなった腹を、そっと撫でる。
「痛いんですか、おなか」
 吃驚した。 顔を素早くあげて、顔を確認した。 嗚呼、懐かしい顔。 丸眼鏡が光に反射してる。 いつもの白衣を着て、何年も同じ笑みを浮かべて。 私は思わず笑みをこぼして否定した。 彼はそうですか、よかったと微笑んで言う。 私の目の前の席に腰をかけながら、訊ねてきた。
「お久し振りです。気分はどうですか」
「ええ、上々ですよ」
「それは良かったです。じゃあ、血圧を測りましょうか」
 ええ、と右腕を差し出す。 日を浴びてないものだから、すっかり白くなっている。 青く細く、長く伸びた血管がよく見えた。 巻かれる黒い血圧計。 ぎゅう、と腕が締まっていくのを感じる。
「あの、元気、ですか?」
「僕は元気ですよ」
 そういうことじゃない。 その私の思いが、顔に出ていたのだろう。 あるいは、彼は分かっていった。 微笑んでエアは元気ですと答えてくれた。 私はほっとする。
「格好良くなりました?」
「いえ、寧ろ可愛くなりました」
「あら、男の子なのに?」
「男の子だからです」
 大分誤解されそうな発言だなぁ、と思った。 というより、誤解する発言が正解なんだろう。 くすくすを笑う。 腕の締め付けが取れてきた。 ノアさんが、くるりと血圧計を取る。
「はい、終わりです。血圧も安定してましたね」
「有難うございました」
「それじゃあ、血圧を測るのも終えましたし  僕のつまらない話でもしましょうかね」
 よいしょ、とおじさんっぽく血圧計をしまって再度どすりと大きく座った。 そしてまずは何の話をしようか、と頭の中で練っているようだ。 どんな話でも良かった。外の話を聞けるなら。 多分絵本とかの体の弱い子供が、童話を聞かされてるとき こんな気分なのだろうと思った。 頭の中で練り終えたらしいノアさんは、体勢を崩して話し始める。 所々エアの話題を入れてくれるところが、彼らしい優しさが見えた。
「それでね、仕方なくエアが一体だけしか作ってくれなかった人形を  消耗しちゃってね、もう残念にも程があるよ」
「それは勿体ないですね、私も欲しかったです」
「すごく可愛い子でね。ショートも似合うんだけど  ロングもとてもよく似合ってね。なんかもう、大人になったら楽しみって奴で。  エアと一緒に並ばせたらもっともっとパワーアップしちゃって」
「なんだかとっても危ないですね」
「遺伝子を一定の時間だけ戻す薬、もうあれ作れないんだ」
「え、どうしてですか?」
「うん、適当に作ったから」
 とまあ、そんな感じの話をした。 残酷な話ばかりの気もしたが、所詮他人の話。 目の前の人が何をしたとしても、もう変えることのできない事実。 だから私は、残酷で愉快な童話として聞き流す。 あはは、と声を出して笑いながら。 でもきっと、エアのことなら終わったことでも怒る。 怒り狂って彼を殺すだろう。 人間はそういう風に都合よくできてるのだから。 大切な人以外は、どうでもいいのだ。 楽しげに話している最中、ノアさんがふと、止まった。
「ああ、もう帰らなきゃ」
「え? もうですか?」
 けれどよく考えれば結構な時間が過ぎていた。 彼と話すと時間が止まったように感じる。 実際は感じるだけで、時間はせわしなく動いている。 私は心底残念そうな表情を浮かべて、そうですかと呟いた。 表情だけじゃなく、本当に残念だった。 荷物を整えて、立ち上がりかける彼に上目遣いで尋ねた。
「また、来てくれますかね」
 そういうと、彼は困ったように笑う。
「この世界がまだあるならば」
 僕は何度でも来ましょう、と。 その言葉に何故か体中がひんやりするのを感じた。 全てが冷え切ったように。 外からくる生ぬるい風も暖かな日差しも無視されたように。 あれ? 可笑しいなあ。 とても暖かな匂いが全て消え去った。 ふと気付けば、彼もいなくなっている。 あれ?
「……あれ?」
 口に出す。異様な雰囲気。 いや、これは雰囲気じゃない。自分。自分だ。 きいきいとうざったいノイズでも、聞くように。 不快で、恐ろしいことでも起こりそうで。 ノドがつまるような感覚。 嗚呼、医者の彼が居なくなった途端にこんなことが。 今までずっとここにいて、そんなことなかったのに。 助けを求めようとして、窓に手を伸ばす。 もちろんそれは、外の人に助けを求める行為ではなく 窓に手を伸ばすことによって現れる車掌目当てだ。 だが、手を外に伸ばしても車掌は現れなかった。 寧ろ手のほうが大変なことになっていた。 手が、消えてる。 白く空白に。外の景色も消えている。 横の窓を見る。 外は白くなっている。 ただただ車両の機械的な音だけが響く。 手が動かない。 どんどん世界がモノクロになっていく。 あせる。自分すらもモノクロと化すんじゃないだろうと思って。 だがそこでふと、思いつく。
「ああ、そっか」
 ここは私の世界だった。 そう、実在はしない世界。 いやそれは正しくない。 私の頭の中にはきっちり実在してたのだから。 ただ、現実ではありえない世界。 その世界が、崩壊した。 そうだ、私はずっと眠っていたじゃないか。 植物人間として、ずっとずっと。 私はずっとずっとずっとずっとずっと寝て。 そしてこの世界があることで、なんとか眠って生きていた。 でもこの世界がなくなるということは、死ぬこと。 起きて生きれるなんて選択肢は最初からないのだ。 じゃあ、彼も、エアも本当は存在しない人たちだったのか? それを思うと、今までの自分がまるで滑稽だ。 在りもしない子供を愛し続け、在りもしない男の話に笑い倒して。 ずっとずっと在りもしない世界で在りもしない自分を。 ゆっくりゆっくり、世界が空白になっていく。 私は動けないまま、それを見守る。 泣きたくなった。 無性に泣きたくなった。 それと同時に笑いたくなる。 私は、私はどうなる? 自分の体が白に侵食されていくのを見とどける。 死ぬなあ、と思った。 そうやってわけのわからなくなった私の耳に最後に届いたのは 高い高い、電子音。 そう、まるで心臓が止まるときのような
ピ――――――――――

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